第7話 恋人の練習、しようよ。
「……そうだとしても、その前提ばっかりはどうしようもないだろ。実際付き合ってるわけじゃないし」
「んー、じゃあ付き合ってみる?」
人差し指をあご先に当てて真面目な思案顔をしていると思ったら、なにを言うか。
「答えは、バツだ。これはあくまでビジネスだろー」
今回の美夜の発言は、間違いなく冗談だが、もしそうじゃなくたとえば本気だとしても、実際のお付き合いはどう考えてもなしだ。
俺はあくまで仕事として、このチャンネルをやっていきたい。そこに私情が絡んできたら、間違いなく面倒なことになる。
「あは、さすがにお付き合いはダメかぁ。分かってる分かってる、そういうのは本気じゃないとね。
じゃ、こういうのは? よりカップル感を演出するために、しばらく動画外でもカップルっぽいこと練習するの。要は恋人の練習。これよくない? 美夜ちゃん、天才じゃない? 山名もそう思うでしょ」
「……一理なくはないけど。それ、面倒くさくないかお互い」
「全然そんなことないよ。私は動画に本気で必要なことじゃないかなーって思って言ってるんだしね。でも、そっかぁ山名にしたら面倒くさいかー」
その言葉には、ひどく弱かった。
ぐ、と俺は下唇を巻き込んで噛む。
そもそもは俺が言いだして始まった、この『日夜カップルチャンネル』だ。
このチャンネルを伸ばすことで、将来的には動画で生計を立ててやる! くらいの強い思いで、俺は動画投稿をしている。四六時中、考えていると言って過言ない。
動画に対する真剣度を引き合いに出されたら、後ろの逃げ道は自分で断つほかなかった。
「……動画のことは、俺も本気で伸ばしたいと思ってる」
「ふむふむ、そうだよねー。普段学校の授業聞いてるフリして、動画のネタと台本考えてるくらい本気だもんね。それで、じゃあどうする……?」
……なんて人を相方にしてしまったのだろう、と今にして思う。
どうやら、美夜は俺に言わせたいらしかった。『恋人の練習をしたい』などと言う恥ずかしいセリフを。
さすがは陽キャの権化みたいな人間だ。
自分から言い出したことすら、魔法みたいな言い回しの妙で、まるで俺の意見かのようにすり替えてしまう。
今回に至っては、追い打ちまでかけてきた。
言っちゃいなよ、とばかりに美夜は、つんつん肩口をつっついてくる。
いたずらっぽくその唇をにへにへさせるので、俺は降参することにした。このまま抗戦したところで、苦しいだけだ。
粘っても疲弊するだけで勝目はない。
ならばグズグズとだだをこねるより、潔く言ってしまう方が、まだマシだ。
「俺と、本物の恋人同士みたく自然に振る舞えるよう練習してくれ」
……うわ、なにこのセリフ。
まだまともに誰かに告白したこともないのに、普通の告白なんて目じゃない恥ずかしさだ。
俺は発言したすぐそばから、ずーんと落ち込む。
本当、どうなってんの、俺の青春。
仮にも初告白(もどき)がこれかよ。
「にゃは、面白かった~。それから山名可愛い!」
「……あのなぁ」
「はいはい、怒らないの。そうだ、頭ポンポンして慰めてあげよっか。頑張ったね、偉いね、って。あは、恋人っぽくない?」
美夜は俺の前髪に優しく触れると、あやすように撫でる。
本当にどういう魂胆なんだ、細川美夜。これまではまったくドライにやってきたはずだというのに、なんだこの状況は。
俺はやりたい放題撫でられながら、えらくご機嫌な彼女を少しうかがう。
もう半年以上の付き合いだが、相方の考えていることが今は分からない。
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