第6話 ふれる指先
こうして部屋に残った結果、思いのほか話が盛り上がってしまった。
美夜が中華丼を食べ終えたあたりで、動画の話題になり終わりどころがなかなか見つからなかったのだ。
「次はどんなネタを取ろうか」と二人で真剣に頭を悩ませた結果、今は人気のカップルチャンネルがあげている動画をチェックしている。
「私たちのチャンネルはやっと登録者2万人突破したばっかなのに、この人たちはあっさり10万って、すごすぎるよねぇ。見習っていかないと」
「そうだなぁ。なにが足りないんだろ」
俺は少し考え込んで、体をのけぞる。
と、地面へ突いた右手の小指の先がつと、彼女の左手に触れた。
小さなPCの画面を二人してのぞき込んでいたから、いつのまにか距離が近くなりすぎていたらしい。
気にならない程度だろうと、無言で手を避ければ、
「そういうところじゃない?」
と、美夜は人差し指をたててもの知り顔で主張する。
が、主語も述語もなにもないので、まったく俺には伝わってこない。
「私たちの動画だよ。投稿始めてから、まぁ一応なんだかんだで、0からここまでは伸びてきたけど、最近ちょっと停滞気味じゃない?」
そう言われると、たしかにそう。
おかげさまでじわじわと登録者の数が伸び続けてはいるが、逆に言えば、どーんと爆発的な上昇をしたりもしない。
動画投稿をしている人たちがひとまず目指すラインである10万人はまだ遠くの霞みの向こう側だ。
「それってきっと、ビジネスなのがばれてるんじゃないかな」
「そうか……? でも、視聴者の人にも一回も指摘されたことないだろー」
「そこは、なんとなくの雰囲気から察せるんだよ、きっと。ほら、山名って、動画外だとすぐ私と距離取るでしょ。そういうところにドライな感じがにじみ出てるんだと思う」
そう言いながら彼女は、せっかく遠ざけた小指をまたぴとりと引っ付ける。
魂胆は、やっぱり分からないので、俺は右手を回収する。胡坐をかいた膝の皿の上に置いておくこととする。
「…………それが伸びない理由? 違うだろ、投稿頻度とか動画の内容とか、そういうのだと思うけど」
「それは山名が思ってるだけでしょー。だってほら」
にゅっと真っ白いものが視界の端から横切ってくる。
なにかと思うまでもなく、それは美夜の腕だ。シャツが薄いせい、若干下着の紐まで見えてしまった。
シュークリームを晩御飯にしようとするような不健康人間のくせに、しなやかで、ほどよく肉付いたその腕は、ふわりと俺の両肩を掴むと、そのまま顔を接近させてくる。
香水の匂いかそれとも髪の匂いか、鼻のすぐ先から濃厚な甘い香りが漏れてくる。
おもいっきり吸い込んでしまったら、心臓の鼓動は一気に駆け上がる。
そう、ならざるをえない。
細川美夜は、アニメや漫画に出てくるような自分の美しさを分かっていないタイプの少女ではない。ちゃんと地に足がついている。
この行動はすべて自分の武器を分かったうえで、揶揄うための武器にしてきているのだ、たぶん。
いや、間違いなく。
「……あんまり弄んでくれるなよ」
彼女は綺麗な顔でまじまじと俺を正面から見るから、俺は首をひねって目を逸らす。やんわり肩から手を外させてもらった。
「やっぱり、今みたいなところだよ。普通、本物の彼女にこれくらいされても、ちょっとドキッとして可愛いなぁ、って頭を撫で返すくらいの余裕が生まれると思うんだよねー。
で、今の時代、そういうリアルなデレデレ感のあるやり取りを求められてると思うの、きっと。甘さが駄々洩れ大放出、川が増水しちゃう! ってくらいの。
その点、今の山名の照れ方は、ビジネス感出ちゃってると思うんだよね」
実例を持って示されてしまったから、反論するのが難しくなっていた。
それに、そう何度も主張されると、正しいのではないかと言う気もしてくる。
もともと、このチャンネルは開設時から、二人でやいのと意見を出してやってきた。
俺が一方的に彼女の意見を無下に引き下げさせるようなこともできない。
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