第5話 あくまで健康な晩御飯のためだからな?
「一人で食べるのって、たまーに辛くなるんだよねぇ。今日、そういう日なの」
「だからって俺じゃなくても、ほかの友達誘ったほうが楽しいんじゃないの。細川さんが探したら、すぐに見つかるだと。男でもいいなら……そうだな、赤松とかさ」
赤松が美夜と話したがっているという情報は、今日の帰り道に仕入れたばかり、ほやほやの新情報だ。
はからずも、あの男の願いをかなえる手助けをすることになるのは心外だが、彼ならば間違いなく誘いに乗ってくれる。
多少の用事があっても、それら全部を下心だけで蹴とばして、まるで発情した犬のごとく、舌をはぁはぁ出しながら、走ってやってくるに違いない。
が、しかし。
「えっと、それはなに……? おあいそ? お会計のポーズ?」
「違うよ、見たまんまバツだよ。山名は、なんにも分かってない。私が誘ってるのは、山名だよ。他の誰かじゃ嫌だし、赤松なんて最低中の最低です~」
指で小さくバツを作った彼女は、つっと顎をあげ、目を瞑る。
どうやら少しすねたらしかった。
……なにその可愛いを詰め合わせたみたいな怒り方は。
ビジネスだ、どうのという建前が一瞬にしてすべて忘れ飛んで、どきりとさせられる。
どういうわけか、このモデル顔負けの絶世の美人様はなぜか俺との食事をご所望らしかった。
いや、だが、そんなことがあるはずない。
こうやって他人からの好意を誤解して、痛い目をみてきた間抜けな男どもを俺は何人も知っている。
人からの好意はまず疑ってかかるべきだ。
きっとなにか裏があるはず。そう考えて、ぴんときた俺は、部屋の中をくるりと見回してみる。
「あれか、もしかしてまだカメラ回ってる? そういうドッキリ?」
「どこにも回ってないよ。さっき止めたじゃんか。ほーら、もう諦めて一緒に食べよ? どーせ、私の晩御飯なんてすぐに終わるから」
そう言って、彼女が掲げてみせるのは、俺が道中で買ってきたクッキーシューの袋だ。
真顔で袋を開けようとする彼女に、ビジネスパートナーとして、いや一クラスメイトとしても、さすがに言わざるをえない。
「そんな生活してて大丈夫かよ」
「む。ちょっと幼馴染ちゃんに手料理振る舞ってもらえるいいご身分だからって、言ってくれるじゃんか。そう言う山名だって、いつもは出前ばっかり食べてるじゃん」
「それとこれとは話が別だろうよ。それに、俺が食べてるのは、ローカロリー高たんぱくなんだよ。クッキーシューは主食にならないと思うけど?」
「あ、美夜ちゃんいいこと思いついたかも。山名が私の晩御飯に付き合ってくれるなら、もう少しましなの食べるよ。レトルトの中華丼とかあるし」
ね、どうかな? と彼女は俺のパーカーの裾を掴むと、二度ほど軽く引く。
ここで断ったところで、たぶん美夜は次なる理由を探してきて、どうにか俺を引き留めようとするのは明白だった(理由は不明)。
ならば、ビジネスとはいえ動画投稿の大事なパートナーの健康のためだ。少し付き合うくらいは、やぶさかではない。
俺は、幼馴染である日野梨々子に詫びのメッセージを入れる。すぐに返信があったが、怖いので内容は見ない。
あとでたくさん謝ろうと決めて、ポケットの中で震えるスマホを黙殺する。
「……中華丼じゃ、足りないな。もっとちゃんと野菜も取るなら残ってもいいけど」
「えー、野菜なら中華丼に入ってるじゃん、筍!」
「そういうこと言うなら帰るぞー」
「あー、だめだめ! 分かったよー、野菜ジュースで許してね」
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