前編

 「失礼します。」


白髪の赤い目をした中性的な見た目の少年、アキナは社長室に入った。部屋の真ん中には客用の低い机と、四人分のソファーが置いてあり、部屋の奥には社長の机がある。そこには黒い髪に少し白髪の混ざった男が座ていた


アキナに続き、アキナの部下たちが社長室に入る。アキナも合わせ部下たちも、全員年端もいかぬ少年達だった。


「帰ったか。」


ジーマンはギロリとアキナを見た。後ろにいる部下たちが肩をびくつかせた。しかし、アキナはピクリとも表情を変えなかった。


「目標のモンスターの討伐に成功、死体を回収しました。」

「どこの倉庫に入れた?」

「6番倉庫に運搬しました。」

「そうか・・・。」


アキナの報告を聞き、ジーマンは立ち上り、アキナ達に近づいた。


「損害は?」

「テル、エーレ、ラキ、シュウが死にました。」


ジーマンがため息をつく。下を向き一時喋らなかった。


「ラキとシュウ、今回のモンスターならエーレが死ぬのもわかる。しかし、テルは何故死んだ?」


アキナと後ろの部下たちにジーマンは目を向ける。順番にアキナ達の顔を見ていく。


「お・・・俺をかばって、テルさんは死にました。」


テルがかばった少年トーマが、手を上げてジーマンに答えた。


「トーマ、そうかお前をかばって。」


ジーマンはトーマの前に立ち拳を握った。トーマは目をつぶり身構えた。


ガッ・・・・・


拳の音が聞こえたが、目をつぶるトーマには、いくら待っても拳は当たらなかった。恐る恐るトーマが目を開くと、アキナがトーマの前に立ち、変わりに拳を受けていた。


「・・・アキナさん。」


アキナの頬は真っ赤に腫れあがっていたが、アキナは瞬きもしなかった。


「俺が留めをミスりました。」

「・・・・そうか。」


ジーマンはアキナをじっと見て、アキナもじっとジーマンの目をそらさなかった。


「アキナは部屋に残れ、客人が来る、お前も相手しろ。他は食堂に行って飯を食ったら次の仕事に行け。」

「でも・・・」


何かを言おうとしたトーマを睨んだのはアキナだった。トーマはそれを見て息をのみ頷いた。


「トーマ・・・テルはお前の3倍は会社に利益を出していた。その意味が解るな?」

「はい。」

「三回死んだ気で働け。」

「・・・・はい。」


ジーマンのその言葉に、トーマの目は涙ぐんでいた。ジーマンが顎で外に出るように促し、部下たちは部屋から出て行った。その扉をジーマンはジッと見ていた。


「テルとトーマは同郷だったか?」

「はい、兄弟分だったみたいです。」


ジーマンは葉巻を引き出しから取り出し、火をつけると、ゆっくりと一服した。


「辛いな。」

「覚悟はしていたと思います。トーマもテルも。」

「辛いものは辛いんだ。」

「・・・・・。」


ジーマンはアキナの顔を見て、その変わらない表情にため息をつく。


「トーマを見習えとは言わんが、お前も少しは泣いておけ。」

「俺は別に・・・・。」

「タバコ、すう量が増えているらしいな。」


ジーマンはアキナの手に視線を落とす。片手がポケットに入っていて、ポケットの中でタバコを握りしめていた。


「少しは感情を出さないと、そのうち出て来なくなって、タバコじゃ済まなくなるぞ?」

「・・・気を付けます。」


ジーマンは葉巻の煙を、ため息のように吐き出した。


「酒とかはあいつらとは飲まないのか?タバコよりは吐き出せるぞ?」

「酒はまだ・・・。」

「タバコを吸うのにそこは気にするのか?」


ジーマンはアキナの言葉に少し笑った。アキナは変わらず表情が変わらないままだった。ジーマンはアキナの髪を見て、再びため息をついた。


「髪・・・伸ばしてるのか?」

「切るのを忘れてて。」

「髪は伸ばすなと・・・」


コン・コン・コン・・・・


社長室の扉がノックされ、アキナとジーマンは扉に目を向ける。先ほど言っていた客人だ。


「・・・どうぞ。」

「失礼します」


そう言って入ってきたのは、背丈が190センチ以上ある大男と、紺色の髪をした、右目と左目の色が異なる、アキナより少し年上の少女だった。


「少し遅れてすいません。ギルド所属のハンター、ライオです。」

「同じくギルド所属のノアです。」


ライオとノアは自分達の写真が載ったカードを出し、アキナとジーマンに見せた。


「こんな星だ、もっと遅れたり来れなくなる客も多い、腕のいいハンターの様だな。座っていいぞ。」

「いや、そんな事は無いですよ。では、失礼します。」

「失礼します。」


ライオは席に座り、ノアもそれに続き座った。ライオは常に笑ているが、ノアは少し無愛想な声だった。


アキナは2人が座ったのを確認し、後ろの棚でコーヒーを淹れた。


「で?ギルドのハンターが何でわざわざうちの会社に?」

「正体不明のモンスターがここいらで出現してるらしいので、その調査と注意喚起に来たんです。タコの様なモンスターなんですが、ご存じないですか?」

「ないな・・・。」

「本当に?」


ジーマンはライオの言葉に即答した。それが癇に障ったのか、ノアは怪訝な顔を浮かべ食い気味にジーマンに問いかけた。二人が黙ると、ライオはアキナの方を見た。


「少年も見たことないかな?」


お盆に人数分のコーヒーを置き振り返ったアキナは、ライオと目を合わす。


「知りません。これどうぞ。」

「おう、ありがとう。」

「ありがとう。」


ライオとノアはコーヒーを受け取る。ノアの声が先ほどとは変わり、柔らかくなり、アキナに笑いかける。アキナは眉を曇らした。


「しかし、モンスターは危険です。これを機にハンターを護衛で雇いませんか?」

「問題ない。うちは自分で撃退できる。」

「それは・・・」


ノアは言葉を途中で止め、アキナの方をチラッと見た。


「門の前で銃を持っていたのは、子供ですよね・・・子供を戦わせているんですか?」

「子供は安いからな。」

「この・・・・」


カチャッ・・・・


立ち上がろとしたノアのこめかみに、銃が突きつけられた。その銃の持ち主はアキナだった。ノアはその姿に驚いていた。


「嬢ちゃんは結構裕福な家出身か?」

「だったら何ですか?」

「空気ですら金がかかるこの星ではな、金が無ければ生きていけない。」


ジーマンは銃を下ろすようにアキナに手で指示を出した。アキナは銃を下ろす。


「ここいらの星ではこういうガキどもは多い。親も金もないガキどもがたくさんな。そいつらには自分の身体以外、売る物が無い。」

「何ですって?」

「ハンターを一人雇う金で、ガキ20人にライフルを持たせてもお釣りがくる。同じ仕事をしても立場でそいつの値が変わる。」


ジーマンの声色が変わる。


「こいつらはここにいなければ生きていけないのを解っている。」

「それを助けるのが大人でしょ?子供の自由を守るために・・・。」

「子供の自由は大人の管理下の中だけだ。自由には責任が、責任には力が必要だ。力が無いこいつらは俺の管理下にいる。」


ジーマンは吸いかけのタバコを口に運び、再び火をつけた。ノアは不満な顔を浮かべる。


「あなたには子供はいないんですか?」

「いたさ、15年前に売っちまったがな。」


ジーマンはノアを小馬鹿にするような顔をし、机の上の写真を見た。それに対してノアは怒りのあまり言葉を失う。


「話は終わりだ。帰れ。」


ジーマンは火のついた葉巻を扉に向けた。


「まだ話は・・・・」

「ジーマンさん、ここに一日滞在する事は可能ですか?」


ノアの言葉を遮ったのは、ライオだった。ライオの言葉にジーマンは驚いたが、すぐに落ち着いた顔に戻った。


「何故だ?」

「ここ周辺の調査に時間を使いすぎたので、休ませてもらいたいのですが。」


ライオは笑顔のまま答え、ジーマンはアキナの顔を少し見てから、ため息をついた。


「3000出すなら構わないが?」

「は?高す・・・」

「ありがとうございます。」


笑顔でお礼を言うライオは、驚いた顔でライオを見た。


「なら構わん。アキナ、客用の部屋に案内してやれ。」

「はい。」


ジーマンに返事をしたアキナは、部屋の扉を開けた。ライオは立ち上がり、不満な顔をしたノアに、部屋を出るように促した。ノアは渋々頷く。


「いいんですか?ここをこのままほっといて?」


部屋を閉じた後、ノアはライオに問いかけた。


「俺たちがどうすんだ?」

「ギルドの本部に相談するとか・・・」


ノアとライオの前を歩いていたアキナが振り返り、無表情のまま2人を見ていた。


「どうしたの?」


不気味な空気のアキナに、ノアは少し冷や汗をかく。


「ノアは俺たちをどうするの?」

「の・・・。」


いきなりの呼び捨てにされたことに、ノアは驚いた。


「どうするって?」

「相談してここが無くなったら、ノアは俺たち全員を保護できるの?」

「もちろん、ちゃんとした施設を探して・・・」

「見つからなかったら?」

「え?」

「施設がもし見つからなかったら?ノアはここの従業員40人を全員養うことが、今よりいい生活を保障できる?」


アキナの言葉にノアは何も言えなかった。その様子を見てアキナは少し笑う。


「無責任だな。」

「違う。私はあなた達を思って・・・」

「思ってたら俺たちは生きていけるの?」


黙ってしまったノアにアキナはため息をつき、アキナは振り返り部屋まで案内した。


「・・・少年。」


沈黙の中ライオは口を開いた。


「君はここにいたいか?」

「俺たちはここにいるしかない。」

「そうか。」


ライオとノアは部屋に入り、扉がしまった。


「ハアー・・・・・」


扉がしまった途端にノアはしゃがみ、ため息をついた。


「子供に言われるときついよな。」

「うるさいです。」


ノアはしゃがみ、下を向いたまま顔を上げなかった。


「私は無責任ですか?」

「お前の考えは間違ってないよ。」


顔を上げたノアに、ライオは笑いかけた。


「無責任だとしても、その思いがなければこの世は地獄だ。」

「でも私はあの子たちに何も・・・」

「少年の言葉もわかるが、助ける力がある人間しか正義を口に出来ないなら、誰も何もできない。肝心なのは自分の器だ。」

「・・・器?」


ライオは自分の胸に親指を刺す。


「自分の手が届く距離、助けれる範囲を知るってことだ。」


ノアとライオを部屋に案内したアキナは、再び社長室に戻った。


「おやじ・・タコ型モンスターて今日俺達が倒したやつじゃないか?」

「だろうな。取引先が欲しがる訳だ・・・あのハンターたちはお前が見張れ、明日の取引に近づけるな。」

「取引の護衛は?」

「お前の部下を4人ほど借りる。」

「了解です。」


アキナの顔は変わらないが、目を見てジーマンは違和感を感じた。


「どうした?」

「何か嫌な予感が・・・」

「お前の感は当たるからな・・・なおさらあの二人から目を離すな。」

「わかりました。」


再びアキナの表情を見て、ジーマンは目をそらし、短いため息をついた。


「この際だ、ハンターの話を聞いたらどうだ?」

「俺は別に・・・」

「そうか?なら別にいいが。」


ジーマンは机の上の写真を見た。その写真にはアキナに似た黒髪の少女が写り、下にはアキと書いてあった。






































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