13-3 伯物存故

日時

【五月三日】 

場所

【社日夕支部】

人物

【中園司季】

 

「ハクゾンくん、元気?」


 断りもなく扉が開けられる。

 私服の詩刀祢さんがそこに居た。

 子守里に限らず、社の人間にはデリカシーが欠如しているらしい。


「それなりには。」


 貴重な休日の一日を、結局なにをするでもなく無為に過ごしてしまったので、本当は少しだけ落ち込んでいる。


「それならさ、外に行かない? 私も休暇貰ったんだ。」

「外、ですか。」

「ほら、約束もあるし。」 


 果たされる事が奇蹟に近いはずだった約束を思い出す。

「そうでしたね。」


日時

【五月三日】

場所

【某県某市某喫茶店】

人物

【中園司季】


 予約の名前が呼ばれて、店に入る。


「今回はちゃんと前日に予約してたんだよ。」


 得意げなしーさん。

 こうして街中で私服の彼女を見ると、とてもあの詩刀祢さんと同一人物だとは思えない。

 目の前に居るのは年相応の可愛い女子だ。


「今日、日曜日だったんですね。」

「この仕事してると曜日の感覚なくなるよね。」


 あっという間の一週間だった。

 途轍もなく長い二週間だった。


「そう言えば、詩刀祢さん久し振りですよね。」

「アレ以来私の方も色々と大変でさ、もしかしたら仕事続けられなくなるかもって思ったんだけど、これまで通りにしていいって言われて、逆に驚いたよ。」


 傍目からでは普通の会話に聞こえるようにと気を遣っている事がわかった。

 そう言えば、初めて会ったときもしーさんは社の事を仕事と説明していた。


「ハクゾンくんの方はどうだった?」

「俺の方も割りと普通で驚いてます。仕事って言っても雑用くらいですし、これでいいのかって感じです。」

「入り方が特殊ではあるけど、新人って扱いなんだろうね。早く慣れるといいね。」

「等々木さんも、他の職員の方も優しいので大丈夫だと思います。」


 こうして話していると本当に普通にバイトかなにかの話をしているようだ。

 社の人間の名前が名字由来なのもそういった事からなのかもしれない。

 程なくして苦すぎるコーヒーと甘すぎるパンケーキがテーブルに運ばれて来た。


「結局先週は食べられなかったもんね。」


 色んな意味でそれどころではなかった先週の日曜日。

 あの時、こんな事になるなんて想像もしていなかった。

 少なくとも、しーさんと名乗った彼女と一週間後に再びここに来るとは想像していなかった。


「しーさんが意地悪するからですよ。」

「あの時は本当にごめんね。」

「いいですよ。今ならしーさんの行動の意味も少しはわかります。」


 彼女は確かめたかったんだ。

 人違いで声をかけたと言った人間が本当に自分の事を覚えていないのか、事件の事を覚えていないのか、社の事を覚えていないのか。

 結果として藪蛇だったわけだけど。

 いや、しーさんにあの場所に連れて行かれなくても俺はいずれ思い出しただろう。

 そして社に捕まる事になっていたに違いない。

 なにより、あの日、あの場所に俺が居なければ、この喫茶店でこうやってコーヒーを飲むことすらできなかったはずだ。


「結果論ですけど、一番いい形に収まったと思いますし。」

「本当にそう思ってくれてる?」


 パンケーキを切る手をしーさんが止めた。

 サバイバルナイフでなくパンナイフを持つ彼女はやはり年相応の女性でしかない。

 そして、その表情も年相応の申し訳なさそうな、悲しそうなものだった。

 とても自らの命をなげうって人類を救おうとした戦士には見えない。


「私じゃなくて、幼馴染みの子を助ければ良かったって思ってない?」

「本音を言うと少しだけ思ってます。」


 変に取り繕っても仕方ない。

 もしかしたら、昔の俺なら、あらゆる事を経験する前の意気地なしの俺なら、無難に取り繕ったのかもしれない。


「でも、少しだけです。詩刀祢さんは職場に必要な人ですし、最初の頃はわけわかんなくて恨んだりもしましたけど、凄く優しい人ですから。」


 あの日俺をここに誘ったのも、社の人間としての義務感もあっただろうが、それだけではなかっただろう。

 そうでなければ、直ぐに社に連れて行っても良かったはずだ。

 むしろ、彼女の立場的にそれが正しい判断だと今の俺ならわかる。

 仮に出会って声をかけたのが子守里とかなら、問答無用で社に連行されて、拘束されていたような気がする。

 それなのに、しーさんは傷心の俺を励まそうとしてくれた。


「えっと、面と向かってそういう事言われると少し恥ずかしいね。」


 向かいの席でしーさんは初めて見る表情をした。

 照れているのか、恥ずかしそうにしている。

 前に容姿を褒めた時には余裕で返されてしまったような気がするけど、意外に押しに弱いのかもしれない。

 いや、しーさんを攻略する予定はないし、残念ながら俺の物語はラブコメではない。


「それに、俺はユズを諦めたわけじゃありませんよ。きっと救って見せます。」


 俺の物語のヒロインはユズで、俺の物語は彼女を取り戻す為にある。


「うん。ハクゾンくんなら絶対にできる。私も全力で協力するよ。」


 街を世界を救う事に比べたら、世界の理を曲げて助け出す事に比べたら、告白するなんてなんて事はない。


「ありがとうございます。ついでに言うと、詩刀祢さんが助かれば」

「コーヒー奢って貰えるもんね。」


 俺の言葉を遮ってしーさんがしたり顔をした。


「ハクゾンくん、流石にそれはかっこ付けすぎだよ。」

 返す言葉もない。


 喫茶店を出て、詩刀祢さんと少し歩く。

 道路を挟んで向かい側、信号待ちをしている男子高校生のグループが見えた。

 そのうちの一人に目が留まる。

 伊藤だ。

 信号が変わる。

 楽しそうにはしゃいでいる彼の目が一瞬こちらを向く。

 しかし、視線は他人に向けられるそれで、俺を滑り詩刀祢さんで一瞬止まった後、羨ましそうな表情を頬に映して、正面に戻った。

 子守里の言ったように既にこの街は俺の知る街ではなくなっていた。

 それでも守って良かったと思う。

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