13-1 伯物存故

日時

【四月二十六日 日曜日 十八時五十六分】

場所

【社日夕支部】

人物

【子守里】


 黒ずくめの人間達が粛々と廊下を行く。

 八咫烏。

 彼らはそう呼ばれる。

 どの支部にも所属しない社の独立部隊。

 一零八より上の数字だけを名前として持つ最強の執行部隊。

 彼らが向かうのは常に最悪の戦場。

 各支部の手が文字通り手に負えない事態が発生した時、八咫烏は呼ばれる。

 例えば、未知の覚醒体が複数体暴れているような状況。

 社の保全設備がどれほど機能しているのかすらわからず、その内部がどんな惨状なのかすらわかないような状況。

 如何に研鑽を積んだ手であっても逃げ出したくなるような状況。

 彼らはそんな時に呼ばれる。

 人員の素性や構成人数に至るまでその存在以外、支部長ですら知る事のできない社の秘中の秘。

 独立執行部隊八咫烏。

 全員が素顔を隠す面を付け、全員が黒づくめの衣装を着る。

 どんな異品を持っているのか、どれ程の戦力を有しているのか、わからない。

 ただ一つわかるのは、彼らの到着は事態の終息を意味すると言う事だけだ。


「一一三が報告。作戦終了。全覚醒体の排除及び確保完了。事態は烏の領域を出た。」


 八咫烏到着からおよそ二時間。

 社日夕支部は一応の機能を取り戻した。


「ご苦労様。新しい覚醒体で破壊抵抗を持つものはあったかい?」

「三体。覚え書きを書き添えた。」

「本当に君たちは優秀だね。助かるよ。」

「造作もない。」

 八咫烏、一一三他七名は彼らの仕事結果以外の痕跡を残さずに消えた。

 


【報告書 夕鶏襲撃及びそれに関連した事案『朝』の発生と終息について。】

 

 作成者 社日夕支部霧室長及び日夕支部支部長子守里


 概要 四月二十六日、夕鶏による大規模襲撃が発生。この混乱に乗じて夕鶏構成員九難(※1)が異品「束ねた孤独」を用いて「目覚め」収容装置内に侵入、事案「朝」を発生させた。社日夕支部蔵一時預かり仮異品(等級未定)「中園司季(※2)」により「目覚め」が破壊されたことにより事案は終了した。


 時系列 四月二十六日 十三時五十九分 警報が作動。

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 中略

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 損害 社日夕支部職員死者総計四十三名(※10)負傷者八十五名

    一般市民死者及び負傷者なし

    施設破損状況については別記


 子守里はパソコンから顔を上げ、疲れたように目をこする。


「年を取らないと言ってもこういう作業は年々辛くなるね。」

 独りの部屋で誰にでもなく彼女は呟いた。

 独り言が彼女の癖になってもう長い。

 当然返ってくるはずもない返事に小さく溜息を吐き、彼女はパソコンの傍らに置いた、すっかり冷めたコーヒーを一口飲む。

「ホットコーヒーの気難しさには全く参るな。」

 ついでに一言呟いてから、彼女は再びパソコンに向き合った。


 特記事項

・本事案において「目覚め」の破壊を達成した「中園司季」について。

 特級異品風嘯への抵抗、目覚めの精神影響を全く受けなかった事から、この個体が持つ精神抵抗を「極」と類推し、異品「中園司季」の等級を極に指定することを提案する。

 等級極は浄化をはじめとした非常に希少かつ超越的能力を有する異品にのみ与えられるものではあるが、この異品の圧倒的精神抵抗や異品そのものの特殊さを考慮したものである。

 現在「中園司季」は社日夕支部蔵で一時預かりしており、種々の実験に関しては概ね協力的な反応を示している。

 精神抵抗によって各種洗脳は無意味と予想される。「中園司季」の協力感情を保つ為に人員の配置などの特例処置を運用方法として別途提出する。


・「目覚め」由来異品「羽ペン(仮)」の影響者「詩刀祢」について。

 覚醒体「目覚め」から得られた異品「羽ペン(仮)」の異常性は、覚醒体になった存在を変異前の個人に復元するものであると考えられる。

 これは観測状況及び使用者「中園司季」からの証言による推察である。

 一度覚醒体となった人類が再びその精神を取り戻した前例はなく、これは非常に稀な事象である。

 しかし、現在判明している「イドと人類精神の関係性」を用いてこの事象について説明を行う事がいくつかの論述的齟齬を含むことには言及したい。

 復元された「詩刀祢」が果たして以前の人類「詩刀祢」と同一人物であるのかについての実験は現状「少なくとも観測上は同一人物である」という結論に至っている。

 今後もその言動については観測を続け、逐次報告を行う。


 子守里が作業を終えたのは、既に日付が変わって、空が白みだした頃だった。

 もっとも、地下にある社日夕支部に深夜も早朝も存在しない。

「哲学的ゾンビについて今更考える事になるとはね。」

 パソコンを閉じた詩刀祢は部屋に備え付けてあるベッドへと転がる。

 流石の彼女も顔に疲労の色を滲ませていた。

「書いている間に五月になったか。連休欲しいな。」

 ぽつりと呟いた独り言の余韻が消える前に、子守里は眠りに落ちた。

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