12-5 起床転落

日時

【四月二十六日 日曜日 十六時四十分】

場所

【社日夕支部より地下一万メートル】

人物

【中園司季】


 あっけなく、鶏は俺の手の中で死んだ。

 素手で生き物を殺すなんて小学生の頃以来だ。

 鳥類ならはじめて。これを鳥類と分類していいのかはわからないけど。

 事切れた鶏は手からすり抜けるように、はじめから存在していなかったかのように消滅した。

 そして、俺の手元には一本の羽ペンが遺された。

 これが異品と呼ばれる代物なんだろう。

 最悪の覚醒体の異品。

 驚くほど簡素な作りのそこまで高くなさそうな羽ペン。

 これがどんな効果を持つ代物かわからないけど、今の俺には不要なものだ。

 後ろではずっと刃が風を切る音がしている。

 元詩刀祢さんの覚醒体が俺を斬り続けているのだろう。

 ノーダメージだから音だけが虚しく響いている。

 上はひたすらに真っ暗で、登ることは到底不可能に思えた。

 床に腰を下ろす。

 つまり、俺は暇だった。

 救助って来るのか?

 来るにしても、どうやってここまで降りるんだろう?

 俺って破壊抵抗はあるらしいけど、餓死したりとかするのか?

 死ぬのは普通に嫌だな。

 後ろでは飽きもせずに風を切る音がしている。

 詩刀祢さん。

 しーさん。

 目覚めが死んでも覚醒体になった人間は戻らない。

 目覚めた後、同じ夢を見ることはできない。

 ユズももうこの世にはいない。

 最悪死んでもいいかな。

 街は守った。

 なんだか、酷く疲れたように思えた。

 思い返せば、やけに長い一日だった。

 しーさんとお茶する為に外出して、色々思い出して、襲撃があって、旭陽さんに会って、なんやかんやあって、今だ。

 今何時だろう。

 暇だし、昼寝でもするか。


日時

【不明】

場所

【社日夕支部より地下一万メートル】

人物

【中園司季】

  

 堅い床で寝たせいで腰と肩が痛い。

 目覚めもどうせ異品を遺すなら羽ペンじゃなくて羽毛布団とかにしてくれればよかったのに。

 眼が覚めても状況はなんにも変わっていなかった。

 上には大穴、ここに俺は一人、手元に羽ペン。

 そう言えば、風を切る音がしなくなっている。

 ようやく俺を斬れないと気付いて諦めたらしい。

 身体を起こして、伸びをする。

 どのくらい寝ただろう。

 身体を伸ばすために腰を捻ると左手に堅いものが触れた。

 刀の柄が床から生えてた。

 よく見ると床が刀傷だらけだ。

 この刀、俺が寝ている間も飽きもせずに斬り続けてたらしい。

 それで深く斬りすぎて抜けなくなった、と。

 律儀というか、バカっぽい。

 柄を左手で持ってみる。

 ざらりとしていて、不思議と手に馴染んだ。

 ユズの時程じゃないけど心がざわつく。

 知り合いがこんな物体に変わって、それを持っている事実はどこまでも非現実的だ。

 羽ペンを持った右手が吸い寄せられるように柄に近付く。

 殆ど無意識だった。

 右手が自分のものではないように動く。いや、右手じゃない、羽ペンが動いている。

 柄に文字を書く。

 詩刀祢

 パキッ。

 乾いた音がして、羽ペンが折れる。

 同時に俺の左手は詩刀祢さんの手を掴んでいた。

 いつの間に、ざらりとした柄が柔らかくつややかな手に変わったのかわからない。

 そこに、詩刀祢さんが居た。

 人間の詩刀祢さんが居た。

 驚きと同時に目を逸らす。

 詩刀祢さんは素っ裸だった。


「詩刀祢さん。」


 目を逸らしたまま声をかける。


「あの、詩刀祢さん、大丈夫ですか?」


 返事はない。

 恐る恐る視線を動かす。

 違うんだ、これは断じてそういうやましい目的じゃなくて、生存確認って理由があるから。

 薄目で詩刀祢さんを見る。

 目は開けていない。

 しかし、ゆっくり呼吸はしていた。

 生きてる。

 生きてる!

 覚醒体になった人間が、人間に戻って生きている。

 羽ペンを見る。

 折れている。

 これがこの異品の能力だ。

 これを使えばユズだって。

 喜びに叫びたいような気持ちだった。

 身体の底から嬉しさがこみ上げてくる。

 ユズを取り戻せる。もしかしたら覚醒体って存在そのものの在り方を変える事ができるかもしれない。

 テンションが上がりまくった俺を落ち着かせるように、風が動いた。

 目の前に黒ずくめの人間が立っていた。顔にはマスクを被っていて表情は読み取れない。


「生存者二名確認。」


 人間は言う。


「ああ、二名だ。外見情報から一名は中園司季と思われる。もう一名は全裸女性。」


 マスクでくぐもった声は男性のもののように聞こえた。


「了解。両名とも回収する。」


 通信を終えたらしい男は俺を見下ろす。


「立てるか?」

「はい。」


 立ち上がろうとして右足に力を入れて、直ぐに後悔する。

 そう言えば足が痛いんだった。

 よろめく俺に男は手を貸してくれる。

 威圧的な雰囲気だと思ったけど、案外優しいのかもしれない。


「それは?」


 男は詩刀祢さんの方に目をやる。


「手の詩刀祢さんです。覚醒体から戻りました。」

「どういう事だ。」

「目覚めの遺した異品の能力だと思います。」

「その羽ペンか。」

「はい。」

「把握した。両名の回収が許可された。行くぞ。」


 男は詩刀祢さんと俺の手をそれぞれ握る。

 風が動いた。

 気付くと、俺は外に居た。

 春の少し肌寒い夜風が俺の頬を撫でた。

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