12-2 起床転落

日時

【四月二十六日 日曜日 十六時三十七分】

場所

【社日夕支部より地下一万メートル】

人物

【中園司季】


 今までの比じゃない落下は永遠に思えた。

 周囲がただただ暗闇で、落ちているのか動いていないのかすらわからなくなる。

 それが不意に終わった。

 俺の身体は天井をぶち破って床に叩き付けられたらしい。

 破壊抵抗が働く時はいつも、その一瞬だけ時間が抜けたようになる。

 変な部屋だった。

 全面が透明なガラスに覆われていて、その中央に一匹の鶏がいる。

 その足下にはおびただしい血液がばらまかれ、血に沈むように一本のサバイバルナイフが落ちていた。

 社日赤支部手特務実行部隊獏詩刀祢、彼女が使っていた獲物。

 確かにしーさんはここに辿り着き、覚醒体になった。

 しーさんは、どこだ?

 そう思った瞬間に風が頬に触れた。

 振り返ると、抜き身の日本刀が一本、宙に浮いている。

 美しいとさえ感じた。

 刀になんて全く詳しくないけど、間違いなく名刀だと思った。

 刀身は僅かに反り、研ぎ澄まされた鈍色は白に近い。

 柄は深朱で視線を吸われる。

 覚醒体になっても刀なんて、詩刀祢さんらしい。

 彼女は重力など存在しないように浮いて、刃を俺に向け、斬る。

 その動きがあまりに滑らかで、踊っているようにさえ思えた。

 でも、詩刀祢さん。人間だった頃のあなたの方が俺には脅威でしたよ。

 斬るだけしかできないなんて、全く無意味だ。

 俺は振り返る。

 目の前には一匹の鶏。

 目覚めと言われる鶏。

 本当にどこにでも居そうな鶏だった。

 鳴き声はこれからしている。

 痛む足を引きずって鶏に近付く。

 虚ろな目の鶏は俺を見る事すらせず、逃げる素振りも見せない。

 手を伸ばしても動かない。

 危機感をどこかに忘れてきたみたいだ。

 遂に俺の手は鶏の首に掛かる。

 絶対に危機が及ぶことのない精神影響を持つが故の鈍感。

 いずれは俺もこうなってしまうのだろうか?

 薄ら寒い恐怖を感じる。

 今正に首をへし折られようとしていても、濁った目に恐れすら宿せないこんな存在に。

 これが、こんなものが、人類の危機だって。

 こんなものの為に、何人の人間が死んだんだ。

 こんな一匹の鶏の為に、しーさんは。

 怒りではなかった。

 悲しみに近い空洞だ。

 俺は鶏の首をへし折った。

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