11-3 六層無安

日時

【四月二十六日 日曜日 十六時十分】

場所

【某県某市稲荷神社】

人物

【中園司季】


 落下が突然終わった。

 痛みすらなく、俺は地上にうつ伏せになっている。

 狐に化かされたみたいだ。

 一定以上の物理抵抗がどういう意味なのか少し考えたいと思ったが、そんな時間もない。

 首から吊したカプセルを見ると針は社務所ではなく本堂の方を指していた。

 そっち?

 いや、疑問に思う時間も惜しい。

 百目木に言わせるなら「無能が無駄な逡巡をしないで。時間の無駄。」ってところだろう。

 本堂に走る。

 土足でお堂の中に入るのが罰当たりとか、そんな事も言ってられない。

 そもそも、人の精神がイドなら、神なんて存在しないだろ。

 本堂の中は文字通りの伽藍堂だった。

 ヘリが出て来たと思わしき大きな穴があいている。

 当然のように針はそこを指していた。

 底の方は暗くなっていて見えない。

 今度は押してくれる手もない。

 それでも行かないといけない。

 なぜか息を止めて俺は虚空へ足を踏み出した。

 また落下だ。

 数秒間の自由落下、そしてそれが不意に終わる。

 格納庫だろうか?

 ひたすらに暗く、よく辺りが見えない。

 上から届く僅かな光でなんとか方位磁針の針を見る。

 右、らしい。

 半信半疑もなにも、ここが社のどこに位置するかもわからないから従う他ない。

 そう思って踏み出した足は地面に着かず、空を切った。

 また落ちるのかよ。

 突っ込む間もなく落下は終わる。

 今度は直ぐに衝撃が足の裏から頭の先までを突き抜けた。

 ギリギリ骨折しないような高さから飛び降りた時の、自分の無謀さを後悔するタイプの痛み。

 無効化するには高さが足りなかったらしい。なんとも皮肉だ。

 それにしても暗い。

 さっきの場所よりも暗く、今度は本格的になにも見えなかった。

 上がヘリの格納庫だとしたら、下のここはなんだろう?

 足の痺れが少しマシになって、一歩を踏み出す。

 その瞬間に目の前の壁が吹っ飛んだ。

 何かが通り過ぎたような気がするが、なんなのかわからない。

 もしかしたら、なにかの覚醒体に即死を貰ったのかもしれない。

 なるほど、絶対に死ぬだ。

 幸いだったのはそのおかげで廊下からの明かりが差し込んだ事だった。

 どうやら俺が落ちたのは物資保管庫のような場所だった。その物資の大半は原形を留めない程に破壊されていた。

 ヘリに積み込む為かわからないが、階を跨いで穴が開いている。

 丁度一階分の高さを飛び降りたのだろう。そりゃ足も痺れる。

 俺の直ぐ後ろを玩具の列車が動いていた。

 どうせこれも覚醒体なんだろう。

 さて、どうやって進もうか。

 胸元に目をやると、そこには目的の物はなかった。

 カプセルが吹き飛んでどこかに行ったんだと瞬時に理解する。

 物理抵抗を持っているのは俺だけで、俺に付属した覚醒体には効果は及ばないという事だろう。

 妙に冷静にそう理解した。


「どう、する。」


 道案内されなきゃ社の中で階段を探して六階まで降りるなんてできるわけがない。

 カプセルを探すか。

 俺の周りにはまるでミキサーにかけられたかのような様々な物質の山。

 この中から?

 玩具の列車がその山の中をゆっくり進む。

 それはなんとも奇妙な光景だった。

 列車が進む度にその周りのモノが非常にゆっくりと砕けながら吹き飛ぶ。

 きっと壁もこの部屋の惨状もこの玩具の列車がした事なんだろう。

 あのカプセルがどこまで飛んだかもわからない。

 そもそも、アレに破壊抵抗があるのかもわからない。

 こうやって考えている間にも時間は過ぎていく。


「行くしかない、のか。」


 はやる気持ちが、この場に留まっていることを拒んだ。

 行こう。

 足が前に進む。

 一歩、二歩、歩みは速まり、駆け出す。

 無機的だった廊下はボロボロになっていて、清潔感など見る影もない。

 扉も殆どが吹っ飛んでいて、部屋の中もぐちゃぐちゃになっていた。

 そして、床には大きな穴が開いている。

 まさか今になって落ちる事を躊躇ったりしない。

 格納庫が一階だとしたら、そこから降りて今は二階、この穴を下れば三階。

 ここで半分。

 どのくらいの時間が経っただろう。

 どのくらいの時間が残っているだろう。

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