9-2 解心転位
日時
【四月二十六日 日曜日 十五時五十四分】
場所
【某県某市稲荷神社】
人物
【中園司季】
広い神社の敷地内は正月を思わせる人で溢れていた。
これが全て社の職員らしい。
それぞれ部署毎に集まって人員確認を行っている。
俺と百目木と等々木さんは少し離れてそれを見ていた。
「事案『朝』はある覚醒体に関する緊急事態を意味する言葉だよ。」
等々木さんが説明する。
「目覚め、最悪のクソ鶏よ。」
鶏?
「その声を聞くと三秒でその人は覚醒体になってしまう。」
だから目覚めか。
朝、鶏が鳴いて人々が目を覚ますように、イドが目を覚ます。
確かに最悪だ。
「正確には声じゃなくて振動なんだけど、その差異はどうでもいいわ。」
「更に問題なのは、その声は聞く対象が存在する限り際限なく大きくなると言うことだ。」
「声の範囲内に人類、或いは覚醒体が存在する場合、声が聞こえる範囲が指数関数的に増大していくわ。」
声を聞いたら覚醒体になって、覚醒体が居たら声の範囲が広がる。
「つまり、このまま目覚めを放置すれば地球上の全人類が覚醒体になってしまう可能性がある。」
「それって、かなりヤバくないですか?」
「白痴ね。ずっとそう言ってるでしょ。」
今回に関しては確かにその通りだ。
「非常に危険な状態だよ。覚醒体はその能力や確保の難易度で四段階に別けられる。下から凪、時化、大時化、海嘯。目覚めは日夕支部で確保している唯一の海嘯級の覚醒体。世界を終わらせられる程の脅威だよ。」
「その覚醒体って殺せないんですか?」
「意味のない質問をしないで。殺せたらとっくに殺してるわよ。」
「それが目覚めの厄介な所でね。破壊抵抗があるわけではないが、あらゆる目覚めを死亡させるような試みは確実に失敗するようになっている。」
変な言い回しだ。
「一種の精神影響だと推察されてるけど、撃とうとした銃弾は必ず外れるし、事故を装った場合でも必ず失敗する。機械を用いても無理。結果としてアレが死ぬ可能性のある出来事はその開始時点で失敗する。本当にクソ。」
心の底からといったように百目木が言う。
「だから我々にできる対策は目覚めの範囲内に誰も入れない事、入れてしまった場合にはなんとかして引き離す事なんだ。」
「それが作戦『二度寝』ですか?」
「そうだよ。」
俺の質問に答えたのは後ろの人物だった。
振り返ると子守里が居た。
「社日夕支部で実行可能な最後の抵抗だよ。下りて上がってわかったと思うが、社日夕支部は異様に地下深くに造られているだろう?」
あの自由落下エレベーターの事だ。
あの速度で数十秒、登りも結構な時間がかかった。
「地下の配管などを避ける為という理由もあるが、実際は『目覚め』の地上到達を少しでも遅らせる為の設計だ。その最下層、六階に目覚めの収容装置は存在している。」
「それじゃ詩刀祢さんたちはそこに向かったんですね。」
「ああ、危険な作戦だよ。特に今回はまだ施設内に夕鶏の残党が残っている。それらは既に覚醒体になっているはずだ。多数の未知の覚醒体を相手にしながら、目覚めまで辿り着かないといけない。」
「無事なんでしょうか?」
「誰かは確実に犠牲になる作戦だ。生きて帰る事など不可能に近い。無事を祈る事自体が間違っている。」
さらっと子守里は言い切る。
「丁度いいし二度寝の概要をおさらいしておこう。」
俺だけじゃなく他の職員に言うように子守里は声を上げた。
「先ず、獏たちは六階、目覚めの収容室及び収容装置を目指す。今回は多数の障害が予想されるが彼らならきっと到着できるだろう。そして、収容装置内の覚醒体及び人類を排除。収容装置内部から起爆装置を起動する。」
起爆装置?
さっき、目覚めを殺すような事は失敗するって聞いたはずだ。
「起爆装置が作動したなら、爆破によって収容室床が壊れ収容装置が落下する。無論、地下一万メートルに無事に到達できるような設計にしてある。その後、起爆者は自死し目覚めの鳴き声を止める。」
文字通り命がけの作戦と言うわけだ。
「この時点で鳴き声の範囲が一万メートルを超えていれば作戦は失敗。社本部預かり事案となる。」
「質問はあるか?」
子守里が職員たちを見回す。
誰も手を挙げなかった。
「では、目と霧以外の職員は各自退避。できるだけ遠くに行け。」
ぞろぞろと社の職員達が動き始める。
「これは?」
「人類が範囲内に居るほど目覚めは脅威になる。万が一を考えて最少人員以外は退避させるんだよ。」
等々木さんが補足してくれる。
「等々木さんたちは逃げないんですか?」
「我々は一応室長だからね。逃げるのは最後だ。」
「かっこ付けないでくれる? 馬鹿が勘違いするでしょ。」
罵倒にはもう慣れた。
「私たちには緊急用のヘリがあるのよ。室長以上は貴重な異品を多く所有してるから、それで退避するの。」
「あっそうなんですね。」
「特別に両抵抗も乗せてあげるわ。」
もしかして百目木は口が悪いんじゃなくて、ツンデレとかそういうアレだろうか?
「いいんですか?」
「貴重な両抵抗持ちを実験する前になくしたくないから。」
いや、そもそも人類として見られてなかったらしい。
「それはそうとして、中園司季。」
子守里が話しかけてくる。
「なんですか?」
「君、詩刀祢にハクゾンと呼ばれていたな。」
なぜか少し笑っている。
「そうですけど。」
「つまり、君も『不死身伯爵VSゾンビ軍団』を観たのだな。作戦が終わるまで暇だ、語ろう。ゾンビの集団に伯爵が飛び込んでいくクライマックスは抱腹絶倒だった。」
まさかユズ以外にあの作品をハクゾンと略する人間がいるなんて。
じゃなくて、正気かこの人。
人類がどうなるかって作戦を命がけでしている隊員が真下にいるんだぞ。
「観てないんです。」
「なんだと、既に公開は終わってしまってるぞ。それは残念な事をしたな。アル・フォレスト監督の作品が劇場でかかるなど奇蹟に近いのに。」
「そうなんですね。」
「では、ハルマゲドンイン不死身婦人について語ろう。あれも素晴らしい作品だっただろう。」
こんなところで、こんなことで伏線回収しなくてもいいだろう。
「こんな時にする話ですか?」
「こんな時だからこそだよ。彼らは命がけで任務を遂行するだろう。我々にできることは信じて待つことだけだ。それなら、人類として精一杯下らない話でもしようじゃないか。」
子守里は笑いながらそう言った。
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