9-1 解心転位
日時
【四月二十六日 日曜日 十五時四十五分】
場所
【社日夕支部二階 作戦本部】
人物
【中園司季】
百目木に連れて来られたのは、広い会議室のような部屋だった。
下るときはあんなに時間が掛かったのに、戻りは百目木の案内でほんの数分の道程だった事に驚く。幾つもの抜け道があるらしい。
何人もの職員が集まっていて、忙しそうに情報を整理したり指示を出したりしている。
知っている顔も何人か居た。
先ずは子守里、そして等々木さん。その傍らには拘束された旭陽さん。
「等々木さん生きてたんですか。」
百目木から聞いてはいたが、本当に生きている所を見るとやはり少し安心する。
例えその身体に無数の弾丸の跡があっても。
「驚かせてしまってすまなかった。私は滅多な事では死ねない身体になっていてね。」
「旭陽さんはどうしたんですか?」
旭陽さんはまるで生気のない顔で虚空を見つめていた。
「身体的には問題ないよ。少々精神的なショックが大きかったようだ。」
その言い方から家族には会えなかったのだろうと悟る。
「中園君も百目木と一緒でよく無事だった。やはり破壊抵抗も持っていたのだね。」
等々木さんは俺の両手に握られた品々を見て穏やかにそう言う。
「あとで程度試験をすればいいわ。」
百目木が割って入る。
等々木さんに限って、それに同意するわけがないと祈る。
「そうだね。楽しみだ。」
しかし、どんなに温厚でも彼もまた社だったらしい。
「心配しなくてもいい。死ななければ、多少の痛みは快楽だ。」
マゾヒストがなんか言ってる。
そんな会話をしている時、
「事案『朝』発生!」
子守里が叫んだ。
同時に部屋に居た全員がどよめく。
「全職員に通達!」
子守里が語彙を強める。
「獏以外の職員は五分以内に社を退去。獏は現在作戦を即刻中止し作戦本部に集合。事案『朝』が発生した。」
子守里の言葉が終わると部屋の職員達が今までの数倍の速度で一斉に動き出す。
「社本部に報告。」
「人員確認名簿!」
「死者リスト!」
「夕鶏侵入者情報整理!」
その騒がしさの中、扉が開く。
物々しい格好の職員が七名扉の前に並んでいた。
「特務実行部隊獏、詩刀祢以外七名集合しました。」
先頭の男が言う。
「ご苦労、
「了解しました。詩刀祢は?」
「もうすぐ六階から帰ってくるだろう。」
「失敗しましたか。」
「相手の方が上手だった。責めるなよ。」
「無論です。生きて報告しただけで重畳。その為に我々が居る。」
「任せたぞ。骨が残れば拾ってやる。」
「遅れました。」
そこに詩刀祢さんが駆けつけた。
「早かったな。」
他時真さんが言う。
「申し訳ありません。天井を斬って登ってきてしまいました。」
「構わないよ。状況を教えてくれ。」
子守里が言う。
「夕鶏、元社の八難技が収容装置内に侵入、覚醒体となりました。侵入時収容装置にヒビを入れ、八難技自体は青い糸を使って目覚めと結ばれた状態です。」
「正に最悪の事態だな。」
話している内容は相変わらず全くわからないけど、その場の人間の空気からただ事ではないことがわかる。
「対目覚め装備に着替えて、作戦『二度寝』を開始しろ。」
「了解。」
特務実行部隊獏の面々が声を揃えた。
一瞬だけ、詩刀祢さんと目が合う。
「少し失礼します。」
そして真っ直ぐとこちらに歩いて来る。
「ハクゾンくん。ごめんね。」
「どれに対しての謝罪ですか?」
「色々。」
社について、覚醒体について、イドについて、少しだけ理解した今となっては、詩刀祢さんの行動についても前よりは理解できるような気がした。
記憶を書き換えた筈の人間から声をかけられる驚き。
何も知らず寝返った人間に対する苛立ち。
今だって色々な事情がそこにあるのだろう。
俺をここに連れてきたのは間違いなく彼女で、きっとそれに責任を感じているのだろう。
もしも俺があの時声をかけなければ、彼女が俺を誘わなければ、いや、それでも俺はいつか思い出してしまっただろう。その時の扱いが今よりマシだとは思えない。
それに、少なくとも、幼馴染みを失って酷く落ち込んでいた俺にとって彼女との時間はささやかな救いでもあった。
「いいですよ、しーさん。カフェ奢ってくれたら許してあげます。」
「ふふっ、わかった。約束ね。」
微かに笑ったしーさんは次の瞬間には詩刀祢の顔で振り返った。
「お待たせしました。」
詩刀祢さんを待っていた特務実行部隊獏の面々が一斉に行動を開始する。
「さて、我々も脱出だ。時間がない。急ぐぞ。」
部屋の方でも子守里その一言で全員が立ち上がった。
「厄介な事になったね。」
「本当に夕鶏は碌な事をしないわ。」
「それに関しては同意だ。」
等々木さんと百目木も立ち上がり、準備をする。
「ほら両抵抗も行くわよ。そこの唐変木も連れて行くから、抱えて。」
唐変木とはもしかして旭陽さんの事だろうか?
ショックで放心している人に随分な言いようだ。
「あの、これってどういう状況ですか?」
「無知なの? 見ればわかるでしょ。」
見てわかるのはなんとなくヤバいって事くらいだ。
「外に出てから説明してあげよう。」
等々木さんが言ってくれる。
多少マゾヒストでもやっぱり話のわかる人間の方がいい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます