8-3 一盃塗血

日時

【四月二十六日 日曜日 十五時四十七分】

場所

【社日夕支部六階 目覚め収容装置前】

人物

【詩刀祢】


 目の前で行われる八難技、いや九難の行動を詩刀祢はただ見て叫ぶ事しかできなかった。


「八難技、止まって!」


 彼女が何をしようとしているのか、それがなにをもたらすのかを完全に理解した上で、詩刀祢はただそれしかできなかった。


「一地矢はこんな事望んでない!」


 収容装置に入られた時点で詩刀祢の負けは決まっていたのだから。

 精神的な問題というよりも、それは物理的、能力的な問題の方が大きい。

 あの収容装置に入り、今すぐに九難を殺せば或いは止められるだろうか?

 しかし、九難が持っている異品が束ねた孤独だけとは限らない。

 万が一にでも取り損なったら直ぐに詩刀祢も犠牲になるような状況。

 この場で、事の顛末を報告する者が居なくなれば、それだけ目覚めを止めるのが遅れる。

 その遅れは世界の終焉を意味する。その事を詩刀祢は痛いほど理解していた。

 だからこそ詩刀祢は九難をただ見ている事しかできなかった。

 なにかの奇蹟が起きて、九難が考えを改めるのを祈る事しかできなかった。

 九難が走り出す。

 詩刀祢は割れるほど奥歯を噛み締めていた。

 もう二度と見ることはないと、思っていた、信じていた、願っていた光景が目の前で繰り返される。

 鶏が、「目覚め」が声を上げた。

 猶予は三秒。

 その三秒の間に九難は目覚めまでの距離を全力で駆け、青い糸の切れ端をつける。

 それが「青い糸」であると気付いた詩刀祢は九難の周到さに泣きそうな表情をした。

 三秒。

 九難が覚醒体に変わる。

 即座に転身し駆けだした詩刀祢は子守里に通信を入れる。


「最悪の事態になりました。事案『朝』が発生しました。」

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