7-1 極星学宇
日時
【四月二十六日 日曜日 十五時三十七分】
場所
【社日夕支部五階】
人物
【中園司季】
なんでこの施設はこんなに迷路みたいな構造をしているんだろう。
詩刀祢さんと別れてからどれくらいの時間が経ったのかわからないけど、結構な時間を彷徨っても俺はまだ上に向かう階段を見付けられないでいた。
詩刀祢さんも詩刀祢さんで、上に行けと言うなら道順くらい教えてくれてもいいだろ。
他の職員と誰一人すれ違わないのも不気味だ。
そう思った矢先、丁度通りかかった扉が開いた。
不意打ちに思いっきりびっくりしてしまう。
部屋から現れたのは、白衣姿の少女だった。
名前は確か、百目木。
その白衣は大量の血液で汚れていた。
どこか怪我をしているのかと心配するが、当の彼女は全然平気そうな顔で面白くなさそうに俺を見る。
「精神抵抗か。」
なぜか、左手に黄金のゴブレットを持っていた。
「俺の名前は中園司季です。ってか、その血大丈夫なんですか?」
聞こえてないのか、聞く気がないのか知らないが、百目木はマイペースに左手に持ったゴブレットを俺に差し出した。
「なんですか、これ?」
思わず受け取る。
見た目以上に重いゴブレットだった。
もしかすると純金製なのかもしれない。
「死なないわね。物理抵抗も持っているの?」
「は?」
「それの名前は『溢れる血潮』下等級異品よ。把持した人物の血液を毎秒一リットルの速度で器の中に出現させるわ。手に持ってから、だいたい二秒程度で失血死する。」
急いで手を放す。
重い音を立ててゴブレットは床に落ちた。
「知性が低い反応ね。手に持ってから既に一分近くが経過しているわよ。」
「そんなものを渡さないでください。」
「可哀想な夕鶏の一人が部屋に飾ってたこれを手に取ってね。私は親切に止めてあげたのよ? 彼には利用価値がまだ存在していたから。それなのに、血をまき散らして死んだわ。後から掃除が大変。手か蔵にさせようかしら。」
基本的に俺の話は聞いていないらしい。
そして、彼女の白衣が血まみれな理由がわかった。
目付きの鋭さを除けば、見た目こそいたいけな少女だが、その中身は社の人間だ。
「百目木さんはなんでそれの影響を受けないんですか?」
俺の質問に当然答えるわけもなく、彼女は左手でゴブレットを拾う。
「ところで、なぜこんな所にいるの? あのマゾヒストと一緒じゃなかった?」
最初に会った時に少し感じたけど実際に話して確信する。この人は苦手だ。
「色々あったんです。」
ん、マゾヒスト?
「あの、マゾヒストって誰ですか?」
「わかりきった事を聞くのは無能と相場が決まっているけど、例に漏れないわね。」
いや、わかりきってはいないと思うんだけど。
「等々木よ。あれはどうしたの? 子守すらまともにできないくらいに耄碌したのかしら?」
等々木さんがマゾヒスト?
少なくとも今まで社の中で会った誰よりも常識人だったと思う。
……本当に。
「等々木さんは……死にました。」
少しは衝撃を受けるかと思ったが、彼女は表情一つ変えなかった。
「興味深いわ。どうやって死んだの?」
「興味深いって。」
あの部屋でのやり取りを見る限り、それなりに知った仲だろうと思ったのに、そんな言葉を平然と言う。
「無駄話に割く時間は限られてるから、さっさと答えて。」
「銃に撃たれて、です。」
俺の言葉に彼女ははじめて表情を変えた。
呆れた、というか、蔑んでいるそんな目で俺を見る。
社はドMの人間を喜ばせるようなマニュアルでもあるのだろうか?
本当に残念だけど、俺はそこまで屈折してないので、単に嫌な気持ちになるだけだ。
「あれがその程度で死ねるわけないでしょ。期待して損したわ。」
いや、確かにあの時等々木さんは死んでいた。
「確かに血を流して倒れてたんです。」
「大方あれの露悪的な趣味の一環でしょうね。死んだ振りよ。」
「そんな。」
あんな優しそうな等々木さんが?
「時間を無駄にしたわ。混乱に乗じて一部の覚醒体が脱走している。両抵抗なら無能でも多少役に立つでしょう。来なさい。」
百目木はすたすたと歩き出す。
覚醒体。元々人間だったモノ。
「来ないなら、その部屋の掃除でもしててくれる? 死体処理と血の掃除ね。」
それは嫌だ。
「行きます。」
「無能が無駄な逡巡をしないで。時間の無駄。」
酷い言われようだ。
「あの、百目木さん。覚醒体は本当に人間が変化したものなんですか?」
百目木は枕の室長。
枕は覚醒体の管理と研究を行う部署だったはずだ。
それなら、ユズが覚醒体になった理由もわかるんじゃないか?
「基礎知識をさも新事実のように語るのは無知の証左ね。古来よりあらゆる文明で人類が鬼や虎やその他の化け物や物質に変化した伝承は枚挙に暇がないでしょう。」
彼女の基本コミュニケーションがディスりで始まるのはもう理解した。
「俺は幼馴染みが覚醒体になった理由を知りたいんです。」
「原因の間違いではなくて?」
「どっちもです。」
「歩いている間だけ暇だから特別に教えてあげるわ。」
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