3-9 朝三墓死

日時

【四月二十六日 日曜日 十三時五十三分】

場所

【社日夕支部二階廊下】

人物

【中園司季】

 

「改めて自己紹介をしよう。社日夕にっせき支部、つまりここの事だ。蔵部室長、等々木だよ。君がここにいる間、私と仲間が君の面倒を見る事になった。よろしく頼む。」


 病院のように清潔で飾りっ気のない廊下を歩きながら、等々木さんは丁寧に自己紹介をした。

 あの部屋の中で一番話の通じそうな人間だと思った俺の印象は間違っていないらしい。


「中園司季です。俺はどうなるんですか?」

「どうなるか……それは難しい質問だな。君について調べない内には私にも答えようがない。その代わりに、社という組織について説明してあげよう。きっとわからないことだらけだろうからね。」

「はい。」

「先ずは、各部署について話そうか。」


 等々木さんは俺に見せるように左手を広げて出す。


「社は五つの部署から成る組織なんだ。一つは『手』覚醒体の捕獲と破壊、その他の荒事を専門にする実働部隊。君が知っている人間だと詩刀祢君は手の所属だね。」


 言いながら親指を折り曲げる。


「二つは『霧』覚醒体と異品に関する情報の隠匿を主とする特殊部隊。隊員数が最も多く、社支部外で活動している人員も多い部署。子守里君は日夕支部の霧と全体の責任者をしている。」


 人差し指を曲げる。


「三つは『枕』確保した覚醒体の管理と研究をする研究機関。百目木はその責任者だ。彼女の容姿に惑わされてはいけないよ。あれで私と同い年だからね。」


 中指を曲げた。


「四つは『目』覚醒体発生の感知を主とする。最も新しい部署になる。それでも設立から二百年は経っているがね。彼らの働きのおかげで霧の仕事もだいぶ助かっていると思うよ。」


 薬指。


「五つは『蔵』異品の管理と研究をする機関。ここでは私が責任者を務めさせてもらっている。そして、しばらくは君の住まいとなる。」


異品いひんってなんですか?」


 度々会話の中に出ていた単語だ。

 どうやら今や俺もその異品とやらになっているらしい。

 なにか知らないものになったと言われても実感が湧くわけもない。


「異常物品の略称だよ。覚醒体を破壊した時、もしくはそれに類するなにかしらの条件を満たした時に得られる人知を超えた現象を引き起こす物品群。使用するには異品毎に持っている条件を満たし、適応する必要がある。例えば」


 そう言って、等々木さんはモノクルを外す。

 さっき俺を見て異品と言ったのはそのモノクルの能力だったのだろう。

 そう納得しかけた俺を通り過ぎるように、等々木さんはモノクルを丁寧にポケットにしまい、右手を左目へと伸ばした。

 生々しい音がして、左目が手の中に落ちる。


「これだ。『モノクロ』と呼ばれている異品。適応条件はどちらかの眼球を喪失している事。異品の中では格別に優しい条件と言える。効果もわかりやすい。これを填めるだけで喪失した側の目でも景色を見る事ができる。当然視神経や他の脳神経に接続されているわけでもないのにだ。」


 持ってみるかい? と等々木さんは義眼を差し出す。

 ぬらぬらと濡れているそれを触る勇気はなかったので、遠慮した。


「もっとも、見える景色は白黒で、視力もかなり低い状態になる。装着当初は健常な眼球との映像の差に酔ったものだよ。しかし、大きな利点として異品が僅かに光って見えるようになるんだ。蔵の仕事には大いに役立つ。」

「俺は、それでどんな風に見えるんですか?」

「明瞭に光ってはいない。膜で覆い隠されたような、淡い光り方だ。珍しい状態と言えるだろうね。」


 等々木さんは目を填めて、モノクルを着け直す。


「俺みたいな状態の人間って他にもいるんですか?」

「歴史と世界を見れば皆無とは言えないだろう。現代と日本では君だけだと思う。」


 廊下を何度か曲がって、階段を下る。

 ここが神社の地下だということを忘れる程に巨大な施設だ。


「さっき、精神抵抗って言ってましたけど。」

「読んで字の通りだよ。精神に影響を及ぼすような異品や覚醒体に対する抵抗。細かく説明しようとすると長くなるが、簡単に言うと自分が自分でいられる能力と考えればいい。」


 自分が自分でいられる能力、裏を返せばそれがないと自分でいられなくなる事が起こる場所って事だろう。


「それって珍しいんですか?」

「嘯風に抵抗できるレベルとなるとかなり珍しい。だからこそ、子守里君も扱いに困ったのだろう。」

「あの扇子って、記憶を書き換えるものですよね?」

「正確にはあれを振った者が作った話を真実だと認識する異品だよ。異品にもその効果と能力によって等級が存在するが、嘯風は最高ランク相当の特を与えられた異品。日夕支部の霧の最終兵器とも呼べる代物だよ。」


 俺が考えていたより相当ヤバい代物だったらしい。

 精神抵抗とやらに関しては全く自覚はない。

 記憶を思い出した時だって、自分でなにかしたわけじゃなくて、勝手にそうなった感じだった。

 二度目に扇がれた時もただ風が来たと感じただけ。

 なにもしてないのに困られても困る。

 勝手に記憶を書き換えられて、それを思い出したら連行されて、いつ出られるかもわからない。

 状況に流されてここまで来たけど、かなり理不尽じゃないか?


うそぶく風と書いて嘯風。我ながらいい命名だと思う。」

「等々木さんが名付けたんですか?」

「異品の命名は発見者か研究者、もしくは適応者が行える事になっていてね。子守里君のセンスが壊滅的である事を加味しても私が付けて良かったと思うよ。君も蔵で管理されるのなら、その内に異品としての命名もしなければならないかもしれない。」

「俺にはもう名前がありますけど。」

「無論、君という個人を否定するわけではないよ。表記上の問題という話だ。その時が来たら、君が自分で付ければいい。恐らく君は適応者だからね。」


 等々木さんはこんな組織で働いているにしては、恐ろしい程常識的な人間らしい。

 理不尽な現状には変わりないけど、その点だけは少し感謝した。


 ジリリリリリ。


 そう思うのも束の間、頭を揺らすようなけたたましい警報が鳴り響いた。


「侵入者あり。各職員は緊急時対応行動を。」


 放送が警報の上から響く。


「なにやら、あったようだね。」


 全く驚いた様子のない等々木さんは歩調さえ変えず歩く。


「なんですか、これ?」

「放送の通りだろうね。少なくとも訓練などではない。取り敢えず予定の変更はないよ。このまま蔵に向かおう。」

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