3-8 朝三墓死

日時

【四月二十六日 日曜日 十三時十七分】

場所

【社日夕支部霧部室長室】

人物

【中園司季】


 詩刀祢さんから事情を説明された着物の女性、子守里は椅子に座って扇子を手に持つ。


「まさか嘯風しょうふうが効かない人類がいるなんて想定の外だったよ。」


 清潔感のある壁と床、事務机と椅子が一組、そしてベッドだけが置かれた病院の診療室を思わせる部屋。

 この風景はあの日とそっくりそのまま同じだった。

 違う事と言えば、それぞれの服装と認識。


「墓石が持つ異常性でしょうか?」


 詩刀祢さんが言う。


「そう仮定するなら暴露した時から抵抗を持っているのが自然だけど、彼は『思い出した』んだよね。つまり、抵抗が強くなってる。」


 言いながら、子守里は俺に向かって扇子を振った。

 微かに甘い匂いのする風が頬を撫でるが、意識は遠くならない。


「ほら、もう全然効いてない。特級の異品に抵抗できるなんて君凄いね。」


 何故か彼女はとても嬉しそうにそう言う。


「結局、俺はどうなるんですか?」

「どうしようかね。色々と調べたいし、しばらくはここに居て貰う事になるかな。しばらく、って言うか出してあげられる保証はできないんだけど。」

「勝手ですね。」

「それが我々の仕事だからね。私が言ったことも覚えているんだよね。我々の目的は、『覚醒体かくせいたい』と呼ばれる特異存在の隠匿と対処にあるってやつ。」

「それを知ってる俺が外に居たらマズいって話ですか。」

「物わかりがよくて助かるよ。そう言うこと。公共の福祉ってやつだね。」

「あなたたちにそんな権限があるんですか?」

「あるよ。我々は最古の国営機関だからね。有史以来、人類を秘密裏に守護するために存在し続けてきた、超法規的最高権限を有する機関だ。因みに、日本以外の国でもそれぞれ社に相当する対覚醒体専門の秘密機関が存在する。心躍らないかな?」

「どちらかと言うと絶望してます。」


 秘密組織なんかに喜ぶ時期は数年前に終わっている。

 なにより、自分が組織側ならわからなくもないが、組織に捕らえられる側だとどうやっても絶望しかない。


「そもそも覚醒体ってなんですか?」


 当然の疑問を俺はぶつける。


「詳しく語ると長くなるから、その質問に答えるのは止めておこう。それより、今は君の処遇についてだ。」


 子守里は俺に背を向けて電話を取る。

 その行動に微妙な違和感を覚えた。


 記憶を消す人間に自分の仕事を嬉々として語るような人間がなんでそこを濁す?


「私だ、等々木とどろき百目木どうめきをここに呼んでくれないか。」


 電話から数分、一人の老夫と一人の少女が扉を開けた。

 少女は白衣を着ており、長すぎる袖を折り返している。手には白衣に合わせたような白色の手袋をはめている。見た目はどこにでも居そうな少女だったが、その目つきだけが異様に鋭く、何故か恐怖すら感じた。

 一方の老夫は穏やかな目をしており、モノクルを左目につけている。こちらもどこにでもいる老人といった感じだったが、捲られた袖から覗く腕には非常に目立つ縫い傷があった。


「子守里、事後処理に追われるしかない哀れな君と違って、私はとても忙しいんだけど?」


 部屋に子守里以外の人間が存在しないように、俺に一瞥もくれないで、少女が言う。

 暗に俺には発言権など存在しないと言われているようだった。


「そう言うな百目木。子守里君が我々を呼ぶと言うことは不測の事態と言うことだろう。」


 老人が言った。

 つまり、老夫が等々木で少女が百目木らしい。


「そう、思案の外だ。」

「白痴か知らないけど、私たちの仕事は常にそうでしょ?」

「そう言うな百目木。子守里君が敢えてそんな言葉を使うと言うことは余程だろう。」

「先日回収した覚醒体『墓石』についてだけど、現在判明している特異性は?」


 子守里が少女、百目木へ質問をする。


「特に面白くもない子。破壊行動に対しては瞬時に再生するタイプの破壊抵抗を持つ。この特性によって異品は不明。他の入手方法についても不明。その他の特異体については、接触した対象をその内部に捕らえる。内部では対象の外形通りの空洞が存在し、それ以外の部分は二酸化ケイ素を主成分とする通常の墓石と変わらない物質で埋められている。捕らえられてからおよそ数分で対象は呼吸困難によって死亡すると予想される。リペアを用いた実験では全ての実験で死亡という結果が得られた。初期レポートで詩刀祢があげたような、捕縛した対象に不死性かそれに類する能力を付与する可能性については認められていない。現状、警戒階級はなぎ時化しけ程度。以上よ。」


 百目木が資料すら見る事なく立て板に水と説明した。

 墓石、つまりユズを殺したアイツの話だろう。しかし内容は殆ど理解出来ない。

 発言権どころか、発言できる内容じゃないらしい。自分の事の筈なのに、完全に蚊帳の外だった。


「等々木、異品についてだが、時間経過で効果が強くなるようなものは存在するか?」

「そう多くないがあるにはあるよ。使用を重ねる毎にといった物が多い。他にも適応者の成長に伴って変化するような異品も希少だが記録されているね。」

「なるほど。」


 子守里は俺を見る。


「実は彼が嘯風に耐える程度の精神抵抗を獲得してしまってね。墓石に一度暴露されてはいるから、それ以外の理由も考え難いというので困っているんだ。」


 ようやく、少女と老人の視線が俺に向いた。


「ふむ、よく見せてくれないか?」


 等々木さんが俺に顔を近付ける。


「なるほど、特異だな。」


 近くで見ると彼の目は左右で微妙に色が違った。モノクルをしている側は暗褐色、していない方は黒だ。


「彼自身がそうか、もしくは彼の内部か、異品が存在する。彼と異品が同化しているとでも形容するかな。」


 等々木さんが顎に手をやった。


「興味深いわね。詩刀祢、彼を回収した時になにか特別な事をした?」


 百目木に訊ねられ、詩刀祢さんは首を振る。


「実験の時と同じように斬っただけです。」

「「最初に接触した対象か」」


 等々木と百目木が同時に言う。

 しかし、その後に続く言葉は異なっていた。


「やっぱり面白くない覚醒体ね。」

「珍しい覚醒体だな。」


 老人と少女は顔を見合わせて、互いに面白くなさそうな表情を交わした。


「可能性として考えられるのは、先程子守里君が訊ねたように、時間経過によって効果が強くなる異品か、もしくは彼が何かしらの条件を満たして異品に適応したか、と言った所だろう。」

「もう少しだけ墓石について追加実験をする必要がありそうね。計画を立てる。」


 よくわからないが、話はまとまったようで、等々木と百目木はそれぞれ部屋を出るような気配を見せた。


「彼はどこで預かる?」


 子守里がそんな二人を呼び止める。


「枕は子守する余裕なんてない。」


 百目木はぴしゃりと言い切って、部屋を出た。

 目付き以上にキツい性格って事は理解した。


「霧か手……。」


 一方の等々木さんは、少し悩むように言葉を切る。


「でしたら、私が。」


 必要以外に口を開かなかった詩刀祢さんが声を上げる。

 それを等々木さんが遮った。


「いや、蔵で見よう。特異な形ではあるが、彼も一応異品だと私の目が言ったのでね。」

「君ならそう言ってくれると思っていたよ。」


 子守里が含み笑いをした。


「なに構わないよ。研究者としても彼には興味がある。」


 俺に向き直った等々木さんは、軽く会釈をする。


「では、中園司季の身柄は蔵が一時的に所有する事に決定する。追って全職員に通達しよう。」

「行こうか、少年。」


 等々木さんに連れられて俺も部屋を出る。

 その瞬間、視界の端の詩刀祢さんの表情は少し寂しそうに見えた。

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