3-6 朝三墓死

日時

【四月二十六日 日曜日 十二時二十六分】

場所

【某県某市住区基幹公園】

人物

【中園司季】


 病は気からなんて言葉があるけど、この吐き気と頭痛が精神的なものからだけ生じているとすれば、その言葉はなんて正鵠を得ているのだろう。

 昔インフルエンザで四十度の熱を出して寝込んだ事があったけど、それがマシと思える程だった。

 きっと、しーさんは突然体調を崩した俺に驚いている事だろう。

 正直座っているのすら辛い。

 身体の表と裏がひっくり返りそうな、身体の右と左を斬り別けられてしまったような、生存に欠くことのできない器官を失ってしまったような、そんなマズい感じの体調の悪さだった。

 俯いている事すら辛くなって、空気を求めるように顔を上げる。

 公園の木々の先に、建築現場が少しだけ見えた。

 いつの間にかしーさんはどこかに行ってしまったようで、近くには見当たらない。

 異常なほど身体は辛いのに、何故か俺は立ち上がる。

 この行動にどれほど自分の意思が存在しているのかわからなかった。

 引き寄せられるように、俺の足は建設現場の方へと向かう。

 先週の土曜日、走った道を辿る。

 近付く度に吐き気と頭痛は増すようで、それでも何故か足は止まらなかった。

 あの場所に行きたいわけじゃない、見たいわけじゃない。

 それなのに、俺はそこに辿り着いてしまう。

 あの時俺が居た場所。

 そして視線の先、あの時ユズが居た場所。

 割れていた筈のアスファルトはすっかり修繕されて、新しくなっていた。

 あの日この場所で、鉄骨が落ちてくるのを見ていた。

 ユズが押しつぶされるのを見ていた。

 その記憶がある。

 なのになぜ、その記憶に違和感を覚えているのだろう。


「ハクゾンくん!」


 微かに俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 俺を探しているのだろう、心配そうなしーさんの声。

 しーさん、彼女はなぜしーさんなのだろう?

 名前が「し」から始まるから?

 しずかとか、しおりとか、しいなとか、しとねとか。

 声に振り返らずに、俺は前に歩く。

 ユズが潰された筈の場所に近付く。

 今や吐き気や頭痛というレベルは通り越して、身体全体が一つの痛覚になったようだった。

 あの日も俺はこうやって近付いたんだ。

 一歩が無限に思えるほど遠く、それでいて宙に浮いているように不確かだった。

 今じゃその真逆に近い。

 一歩は目に見えて有限で、地を這うように重かった。

 修繕されたアスファルトの前に辿り着く。

 辿り着いてしまう。

 そして手を伸ばす。

 あの日のように。

 あの日と違って手は何にも触れず、宙をかく。

 なにかが身体に戻ったような気がした。

 信じられるわけもないだろ、突然墓石が落ちてくるなんて。

 墓石?

 ああ、そう墓石。

 今やあらゆる痛みを感じていなかった。

 あの人、嘘吐きだな。

 墓石が鉄骨に変わった程度で悲しみがマシになるわけないだろ。

 幼馴染みが目の前で死んだ事になんの変わりもない。


「ハクゾンくん、大丈夫?」


 直ぐ後ろで声が聞こえた。

 彼女が俺に追いついたんだとわかる。


「大丈夫です。」


 少なくとも、さっきよりは大丈夫だった。

 身体はもう辛くない。


「詩刀祢さん。」


 俺がそう呼んだ時の彼女の表情は、最初に声をかけた時のそれと酷似していた。


「なん、で?」

「思い出したんです。全部。」

「そう。」


 すっと、まるでスイッチが入ったように彼女の表情が変わる。

 冷静で、俺を不思議なもののように見る目。

 こっちの表情の方が俺の記憶からすると馴染む。


「またあの扇子で扇ぎますか?」

「どうするかは私の一存で決められる範疇を超えたみたい。一緒に来てくれる?」

「拒否権ってあります?」

「ないと思っていい。」

「それじゃ、行きます。」

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