1-3 白昼堂塔
日時
【不明】
場所
【不明】
人物
【中園司季】
「……は、…………だけなのは幸い…………、あとは……。」
何かを話している声が聞こえる。
聞き馴染みのない声だ。
「目を覚ましたようだね。」
目を開ける前に、その声が俺に向けられた。
目を開くと白髪の女性が俺を覗き込んでいた。
白髪だけど年寄りと言うのではなく、見た目はむしろ若い。
どこだ、ここ?
「ここがどこかわからないって顔しているね。」
まるで心を読んだかのように女性は笑う。
頭がぼんやりとしていて、状況が掴めない。
「大丈夫かい?」
女性が手を差し出す。
少し戸惑いながらそれを握った。
身体を起こして部屋の様子がようやくわかる。
清潔感のある壁と床、事務机と椅子が一組、そして俺が寝ていたベッド。
まるで病院の診療室のようだと思った。
いや、実際に病院なのかもしれない。
一つだけ病院的でないのは、目の前の女性が着物姿と言うことだけだ。
「君は中園司季で合っているかな?」
名前を呼ばれ、意識が少し現実に寄り添う。
そう、確か映画を観に行ったんだ、ユズと、あいつがいつも通り遅刻して、俺は迎えに行って、それで……。
「ユズ! ユズは大丈夫ですか?」
「ゆず? ああ、調月楪か。」
女性は椅子に腰掛け、首を振った。
「残念だが。」
世界が揺れた気がした。
頭が現実を理解することを拒んでいる。
幼馴染みが突然現れた墓石に潰された。
そんな馬鹿げた事をどうやって納得しろって言うんだ。
カートゥーンアニメだってそんな脈絡のない展開にはならない。
混乱から抜け出せない俺を尻目に、女性は事務机の上に置かれた電話を手に取り
「私だ、
それだけ言って受話器を置いた。
「突然の事で混乱しているだろうから、少し説明してあげよう。」
女性は平然と言う。
「説明?」
空から墓石が降ってきて、幼馴染みを潰した事にどんな説明があるんだ。
混乱が重なりすぎて怒りにすら届く。
「先ず、この場所だが『
は?
「我々の目的は、『
彼女は楽しそうに語る。
「なんだよ、それ。」
それ以外の言葉が見付からない。
社? 覚醒体?
そんな訳のわからないものに巻き込まれたって言われても納得なんかできるわけがない。
今日俺はユズとクソみたいなZ級映画を観て、感想を言いながら昼飯を食って、告白なんかできないまま帰って、独りで反省会するんだ。
それが俺の取るに足らない、面白味もない、物語になんかならない、大切な日常だったんだ。
「失礼します。」
部屋の扉が開いて、一人の女性が現れる。
俺より少しだけ年上のどこにでも居そうな女性だった。
「非番なのに済まないね詩刀祢、あの場にいた君から状況を説明してくれないかな?」
「彼、生きてたんですね。」
詩刀祢と呼ばれた女性は俺の事を少し不思議そうな表情で見た。
「君がぶった斬ったんだったね。なんでも取り敢えず斬ってみるのは悪い癖だぞ。」
「それだけが私にできる事なので。」
「まぁ、『刀』で斬って彼が生きてるんだから、あの覚醒体の能力が関係している可能性はあるね。一般市民が犠牲にならなくてなによりだよ。」
「そうですね。」
まるで犠牲者がいないような会話に喉の奥で感情がつっかえた。
でも意気地のない俺はそれを言葉にすることすらできない。
「私が到着した時には既に覚醒体は出現していました。彼がそれに近付いて取り込まれる所を目撃しています。」
「それで、斬ったと。」
「物理的破壊で無力化できる覚醒体ならその方が手っ取り早いと思ったので、封鎖が完了する前に他の一般市民に危害が加わる可能性もありましたし。」
「なるほど。」
「斬ったところ、取り込まれた一般市民が出て来ましたが、意識消失状態にあったので確保しました。」
「そして今に至ると。説明ありがとう、詩刀祢。」
白髪の女性が俺に振り向く。
「経緯は理解したかな?」
理解?
なにを?
理解して、どうするんだ。
ユズはもう帰ってこないのに。
こんな事になんの意味があるんだ。
「なんで、説明なんか。」
俺にこの組織の一員となって働けとか言うんじゃないよな?
「それは興味深い質問だね。我々の活動目的はさっき話した通りなんだけど、特に私の仕事は隠匿の方でね。部署で言うと『霧』と呼ばれる。」
女性は机に向かって歩き、その上から何かを手に取った。
「覚醒体の存在を絶対に一般市民に知られないように取り計らう、知られてしまった場合はその後処理をしたりね。面倒で誰にも知られない寂しい仕事なのさ。」
振り返り、女性は手に持った物を広げる。
花が描かれた古そうな扇子。
「だから一時的にでも外の人間とお話がしたくてね。反応を見るのも面白いし、まぁ、言ってしまえば趣味だよ、私の。」
扇子を彼女は俺に向けた。
「安心していい。今よりも悲しみはマシになるはずだ。」
扇子が扇がれる。
微かに甘い匂いのする風が頬を撫で、同時に意識が濁っていく。
抗えない睡魔に堕ちていくように。
「それじゃ、永遠にさようなら。」
意識が途絶える直前、そんな声が聞こえた。
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