1-2 白昼堂塔

日時

【四月十八日土曜日 九時三分】

場所

【某県某市中央通り】

人物

【詩刀祢】


 休日の賑わいを見せる中央通りを歩く一人の若い女性。

 黒のスキニーパンツに大きめの白のパーカーを着た彼女は、長い髪をポニーテールにして後ろで揺らしている。

 顔立ちこそ整っているが、人目を引くほどではない彼女は街中に溶け込んでいた。

 仮に誰かが注視したとして、休日に散策を楽しむ大学生かOLか、そういった印象しか抱かないだろう。

 手には小さなバック、手首には時計型のデバイス。

 そのデバイスが小さく振動した。

 同時に耳に填められたワイヤレスイヤホンから声が流れる。


「覚醒体出現予測、場所は××××建設現場付近、階級は未定、手及び霧の隊員は装備を調えて出動。」


 その声を聞いた彼女は小さく溜息を吐き


「今日、非番なんだけど。」


 言うが早いか駆けだした。

(位置的に私が一番乗りかな。)

 中央通りを抜け、人気は少なくなる。

 走りながら彼女は小さなバックを開き、手を突っ込んだ。

 一般女性が携帯していそうな小物を掻き分けて、彼女の手は目当ての物を掴み取る。

 取り出されたそれは普通の女性がバックに入れて置くには不自然すぎる品物だった。

 サバイバルナイフ。

 黒のゴムグリップとそれに色を合わせた無骨な鞘。

 刃渡りは十センチほど。

 右手にそれを握り走る彼女は間違いなく異質だが、同時にとても様になっていた。

 やがて彼女は速度を緩める。

 数分の全力疾走にもかかわらず息一つ切らしていない彼女は、邪魔そうにバックを投げ捨てる。

 その視線の先にあったのは、全高二メートルを超える巨大な無記の墓石だった。

 そして、その墓石に触れようとする男子。


「止まって!」


 そう言おうとした彼女の口が動く前に、男子はその場から消失した。

 一瞬の出来事。

 墓石が歪み、観音開きに開いたかと思うと、男子がその中に取り込まれる。

 それを見届けた彼女は奥歯を噛み締め、鞘を抜く。

(一般市民一人の犠牲ならまだマシか。)

 抜き身のサバイバルナイフは鈍色の刃をまるで呼吸しているように伸縮させていた。

 墓石と彼女との間は二十メートル以上離れている。

 にも関わらず、彼女はナイフを持つ右手を緩やかに振り上げた。


「一切の有情に斬れぬ物なし。」


 素早く振り下ろされる右手、それに連動して刀身が一瞬だけ伸びる。

 刃は墓石を、それが持っているであろう硬度を全く意に介さず、縦に切断した。

 二つに分かれた墓石の中から、先程の男子が転がり出てくる。

 彼女はその様子を見て少々怪訝そうな表情を示した。

(確かに手応えがあった筈なのに。)

 そう思う彼女の眼前で、斬られたはずの墓石は元通りに戻っていた。

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