第2話

「............くん...............柊くん......」




肩に柔らかい衝撃がトントンと二回。


瞼をあけると、目の前には麦藁色の机と黒一色の地味な筆箱。


「......ん?」


寝起きのせいか、ここが自習室であることに数秒かかってしまうが、段々と霧がかかったように朧げな意識が明確になっていく。


あぁ、寝てたから先生が起こしてくれたんだろう


これまでも、俺が夢うつつに気持ちよくなっていると、見回りの先生が肩を叩いて起こしにきてくれるいうことが何度かあった。


「あっ、すんません......寝ちゃってました...............」


先生に一言謝罪をと思い、後ろを振り返るもそこには無機質で味気ない白色の壁しかなかった。


「え……」


「.........ぷっ.........ふふ............」



隣からクスクスと嘲笑が聞こえ、羞恥心から徐々に顔が赤く染まっていく。



「道徳の授業で、人の失敗を笑うなって習っただろ!義務教育からやり直してこい!」


なんて言えるような図太い神経は生憎持ち合わせていない。


人の失敗を見て嗤うやつの顔を一目見てやろうと、チラッと隣に目を向けた刹那だった。


そういえば、隣って天霧さんじゃ.........


時すでに遅し。


「おはよ......柊くん」


質素な自習室には到底似合わない、浮世離れした美しさをもつ少女、いや天使がこちらを微笑んでいた。


「ごほぉはぁ」


ベールを纏っているように滑らかで透明感ある黒髪に、ブラックホールのように大きく吸い込まれそうになる瞳。


吐血しながら、どこか遠くへ飛んでいってしまいたい気分だ。


「私が可愛すぎるあまり、吐血しそうって感じの顔ね」


天霧さんは自信満々のドヤ顔をかましながらそう言い放った。


どうやら彼女は超能力者か読心術の使い手だったらしい。


勝ち目ないじゃん......


俺は絶体にキョドらないよう細心の注意を払いながら口を動かす。


「寝起きに天霧さんの顔を見て具合が悪くなっただけだよ」


キョドりは天霧さんの恰好の餌食。キョドりは天霧さんの恰好の餌食。


心の中で呪文のように唱えた。


「君は、想像以上の面食いみたいだ……理想が高いと痛い目みるよ?」


「少年は大志を抱くもんなんだよ」


「大志を抱く前に、友達一人くらい作ったら?クラスではいつもソロ活動してるみたいだけど」


うぐっ!


「俺と話すのがそんなに楽しいのか?クラスでは、クールキャラ気取ってるみたいだけど......」


やられっぱなしも癪だったので、最小限の抵抗を行うも、


「は?何言ってんの?」


ゴミを見る目がこちらを一瞥した。


マジでトラウマになりかねないから、その目はやめよ......


「あ、そういえば...どんな夢見てたの?」


こちらを貫くような鋭い目が今度は悪戯な笑みにかわる。


それに加えて、天霧さんの口から出たこの意味不明な質問に、思わず身構えてしまう。


「え?夢?何も見てなかったと思うけど......」


「ふーん?」


「なにその含みのある言葉は...」


「いいもの見せてあげる」


天霧さんはポケットに手を突っ込んだかと思うと、おもむろにスマホを取り出し、そして、満面の笑みで「はい、これ」とそのスマホを差し出してきた。


え?なにその笑顔。可愛すぎんだろ。


俺は「可愛い」と叫びたくなるのを堪えながら、スマホを受け取った。


そのスマホは白一色の淡々としたもので、スマホカバーすらついていない。


勝手に天霧さんらしい、なんて考えていると「あ、これもいるよね。一応ここ自習室だし」と言って、これもイヤホンも手渡してきた。


ん?イヤホン?


「結構音量あげた方がいいかも」とニマニマしながら囁く彼女。


天霧さんのスマホの画面を見ると、見覚えのある姿があった。というか俺が机にうつ伏せている姿が映っていた。


画面に映っている俺が今の服装と全く同じことから、つい先ほど俺が寝ている時に天霧さんに撮られたものだろう。


俺は慎重な手つきでイヤホンを耳につける。


これって天霧さんが普段使っているイヤホン...............


なんて煩悩を誤魔化すように動画の再生ボタンを押した。


『プッ……クスクス』


再生するや否や、俺の耳に飛び込んできたのは天霧さんの押し殺した笑い声だった。


はは〜ん。さては、天霧さん。俺のアホ面の寝顔を揶揄おうとしているな……


甘い。甘すぎる!これじゃ、甘霧さんだ。


そんな甘々な攻撃なら、俺のトークスキルでも十分いなすことが出来る!


続けて見ていると、段々とカメラが俺の方へと近づいていく。


と同時に、彼女の笑い声も徐々に大きくなっていく。


やっぱりだ。


甘霧さんよぉ、シャーロックホームズ並みの論理的思考力を持つこの俺に勝とうなんて、すこし自惚れが過ぎるんじゃないですか!?


ほとんど勝利を確信したその瞬間だった。


『んぅ......あま.......ぎり......さぁん』


...............ん?


俺は何が起こったかわからず、もう一度動画を再生する。


『んぅ......あま.......ぎり......さぁん』


寝ているはずの俺の口から天霧さんの名が飛び出していたのだ。


「もう一回聞くね?どんな夢見てたの?」


「...........................」


「ねぇねぇ、寝言で言ってた天霧さんって誰?」


「...........................」


完全に優位に立った、いや自身の勝利を理解した天霧さんは先ほどと同様ニヤニヤとした笑みを浮かべ、これでもかと言葉を投げかけてくる。


「んぅぅぅぅ......あま......ぎり......さぁぁぁぁん」


「それは誇張しすぎだろ!」


「えーこんな感じでしょ!もう一回見る?」


「見なくていい!」


あっ、やべぇ、声デカすぎた。


天霧さんに気を取られすぎて、ここが自習室ということをすっかり忘れてしまっていた。


これもまた天霧さんにいじられるんだろうな......なんて思いながら、おずおずと周囲を見渡すと、数人の男子達が立ったまま楽しそうに会話しているのが目に入った。


あれ?



手元の時計は22時を過ぎたところだった。


「え?22時?」


「そうだけど......もしかして課題終わらなかった?」


「いや......いつも天霧さん、22時になるとすぐ帰っちゃうから......」


声に出した後、かなり気持ち悪い発言をしたことに気が付く。


これじゃ、あなたの事いつも見てましたって言っているのと一緒だ。というかストーカーと認識されてもおかしくない。


「あ、いや......これは......」


必死に言葉を探すも、いい言い訳が思いつかない。


「............帰る」


そう言い残すと、天霧さんは乱暴にカバンを手に取って、足早に自習室を出て行った。


「............」


完全に怒らせてしまった。

俺のストーカーまがいの行為に、天霧さんの堪忍袋の緒もたまらずがブチっと.......これに違いない!


天霧さんの顔が紅く染まっていたのは、きっとそのせいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る