自習室では積極的な天霧さん

下冬ゆ〜だい

第1話

そこは妙な緊張感と静寂に包まれた空間。


監獄のように数多の高校生が収容され、その囚人達に自由なんてない。


ペンとノートが摩擦する音とボールペンをカチカチとノックする音をBGMにして、渋い顔をして参考書とにらめっこを続ける。


この空間で許されているのは、学力向上のための堅実な努力。


それ以外は一切の権限がなく、無意味で知的能力の欠如した生物の行動とみなされる。


そんな世界の中、逆境に立ち向かう勇者の如く、1人の少年......俺は恋愛なんてものに現を抜かしてしまっていた。


それも、かつては恋愛なんて脳のバグだろと、ひねくれた考え方をする人種の俺が四六時中彼女のことで頭がいっぱいになってしまうほどで......


一週間で好きな人が変わってしまう小中学生の恋愛なんて比にならないほどの熱量がこの胸に秘めている。と謎の自信があった。


そんな重度の恋の病に侵されてしまった俺が勉強なんかに集中できるはずもなく、今もこうして隣に座る彼女をチラチラと盗み見ては、脳内で彼女とのデートプランを妄想したり、彼女と話すための口実を考えたり、そんなことを繰り返していた。


そして、こんな自分に気味悪くなって『俺きめぇ......』と自己嫌悪に陥るまでがお決まりの流れとなっている。


予備校に通っているのにも関わらず勉強に集中せず、ただいたずらに時間を空費する日々。たかだか学生の、それも進展の見込みが薄い恋愛にのめり込む自分。


グルグルと回り続ける思考とは裏腹に、行動に移すことなくただ立ち止まるだけ。


いち早くこの無限に続くマラソンのような日々に終わりを告げなければ、走り疲れて、いずれは壊れてしまうだろう。


そうして、悩みに悩みを重ねて迎えた今日、俺はあらゆる煩悩を断ち切り、一歩踏み出そうとしていた。


すぅ......はぁ......と呼吸を整えながら、腕時計の針へと目を凝らす。


現在、21時23分


予備校の閉館時間は22時なので、あと30分ほどだ。


この閉館時間になると、それまで集中していた学生達がぞろぞろと立ち上がり、周りの友人や講師の先生と会話を始めるというのが恒例となっていた。


この数分間を利用し、「天霧さん、ちょっといい?」とスマートに誘いだすのが今日の作戦である。


今日で終わりにしないと……


って今まで何回も思ってんだけどなぁ……


「はぁぁぁ……」


深呼吸がいつの間にか、ため息へと変化していた。



どんどんネガティブな方向へ思考が傾いていく。


このままじゃ、いつもみたいに直前になって諦めて、こんな日常をずるずると引きずりながら過ごすことになる。


それだけは避けなければならない。


「.....................そうだ」


この状況を打開できる最善策。


これを選択すれば残りの30分はなにも悩まずにいいし、自己嫌悪に陥って疲弊することもない。


ほとんど自暴自棄じゃねぇかよ......


自嘲気味な笑みがこぼれたが、そんな事を考えることさえ億劫になってきた。


もういいや......


木製の固い机にうつ伏せて、重い瞼を現実から目を背けるようにそっと閉じる。


彼女の事を想って勝手に苦しくなるのも、気持ちが悪い妄想ばかりして実際には何も行動に起こさない自分に腹が立つことも今日で終わり。


やっと楽になれる。


と、罪悪感に苛まれていた犯罪者が自首を決意した時のような清々しさの中、眠りについた。

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