第69話 ⭐帰宅⭐
(もうすぐ家につくよ!)
陽からのラインが届いたのでベランダから外を見ていた。
見慣れた自転車に乗って陽の姿が見えた。
碧は小さく手を振った。
陽も右手を上に一度上げて、それに答えた。
『ただいま!』
『お帰りなさい!』
碧は陽の顔を見た。
『ダメだった。。。グズン。。。』
陽が泣いている。
職場で受けた電話。
『桜木陽さんの携帯電話でお間違いないでしょうか?』
『はい、桜木です!』
陽の心臓は飛び出そうだった。
『先日のオーディションへのご参加ありがとうございました。』
『こちらこそ、ありがとうございました。』
『桜木様、今回は残念ながら不合格とさせていただき。。。。。。。。。。。。』
(あぁ、落ちたのかーーーーー)
陽の耳にはしばらく何も入って来なかった。
『はい、はい、どうもありがとうございました。』
と陽は電話を切った。
カメラマンは俯いた陽の様子を黙って撮し続けていた。
陽が少し落ちついた頃、そっと声をかけられた。
『残念でしたね。。。。。』
『。。。はい。でも、いい経験になりました!今回の経験を生かして、また次に繋げたいと思います!ありがとうございました!』
カメラを片付けながら、スタッフと最後の挨拶をかわす。
『ありがとうございました!』
『まだまだ、頑張って!』
『はい!』
(これで終わってしまったわけではないのだから。。。)
そう自分に言い聞かせて、陽は1日を終えて家に帰ってきたのだ。
碧の顔を見て張り詰めていた感情が溢れたのだろう。
あんなに必死で苦手なダンスも練習して、歌も頑張ったんだから。
悔しかったのだろう。
碧はそっと陽を抱きしめた。何も言わずに、そーっと涙を流しながら、ひたすら陽の背中を撫で続けた。
『まだまだ俺は甘かったんだな。』
『今じやなかっただけだよ!諦めたらダメ!私は陽のファン第1号なんだから!!!』
『また、明日からレッスンも気合い入れてやり直しだ!』
(大丈夫!陽の歌声はいつかきっと誰かに届くはず。。。。。)
碧はそう信じていた。
陽は落ち着きを取り戻した。
『シャワーしてくる!』
『うん!ご飯できてるし!。。。うっ。』
碧はトイレに駆け込んだ。
『碧?碧??どした?大丈夫か?!』
陽はトイレの前で立ち尽くしていた。
出てきた碧の顔色は悪かった。
『ちょっと座って。大丈夫?お水いる?』
『なんか変な物食べた?病院行こうか!』
『ううん、大丈夫大丈夫!』
『でも、顔色悪いし。』
『大丈夫だから。ホントに。大丈夫。』
碧はうつむいたまま答えた。
その様子を見ていた陽が碧の顔を見ながら言った。
『えっ?。。碧。。もしかしてさ。。。』
『。。。』
碧は今言うべきなのか迷っていた。
『もしかしてさ、碧、妊娠とか??』
『ごめんなさい。こんな大事な時にごめんなさい。陽の邪魔にはなりたくないから。だから。。。陽の夢が。。。』
『何で早く教えてくれなかったの?いつわかったの?入院した時?』
碧は頷いた。(困るよね。。。)
すると、陽は顔をクチャっとして笑った。
『やったぁーえ!赤ちゃん?俺と碧の赤ちゃん?ここにいるの?うぇー!嬉しい!!やったぁー俺はパパ?
大丈夫かなぁ、こんなパパでー。お父さんに謝りに行かなくちゃ!
ちゃんと報告しなきや!!!』
陽の答えは予想外だった。
『このままでいいの。陽の夢は私の夢!夢が叶うって信じてるから!このまま側にいてくれればいい。それでいい。。。』
『碧、そうはいかないよ。碧はお父さんとお母さんの大事な娘だ。
俺は守ると約束して一緒に住んでるのだから。
今度は碧のお腹の中の命が俺たちの大事なかけがえのない家族になるのだから!このままではダメだよ。今度、実家に行こう。』
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