巷の勘違い神





族長宅の前、つまりミカの家の前に着く。

代々族長の家だからか、他と比べるとやけに豪華な家

(──といっても、この世界の家よりちょっと大っきいぐらいで、中世でも見ないレベルの質素さの家)

で郷の中では山から最も近い。


この世界では権力はあまりないのだが、郷の長なのでと、昔に山の近くに移されたようだ。

隣の国では、普通に王政してるから。その影響も受けているのかもしれない。



さて、私がここに向かった理由だが、


単純にミカが面倒くさくて来てないだけなら、ここでゴロゴロしてるかもという考えと。

あの木から一番近いという理由だけで一番に来てみただけである。



いるかどうか……。



「ナガスネ〜!!邪魔するよ〜!」



多分伝わらないだろうけど現族長に声を掛けながら、勝手に入る。


どうせ姿も見えないし聞こえないんだから、声をかける必要もないんだけどね。なんか声かけないのもアレだし、なんとなく。

まぁ、こう言うのは気持ちが大切なのである。



で、肝心のミカだけど。


「……いない、かな?」


家の中には生活感を漂わせる数々が、乱雑とも整然とも言えない形で置かれてる。

だが、その中に人の影は見当たらなかった。


まぁ、この時間ミカがここにいるとも思ってなかったしね。

じゃ本命の場所に行きますか。



……まぁ、すぐそこなんだけど。


はい!

ということで、こちら、族長宅から徒歩45秒程度、託児所兼、保育所兼、小学校兼、かかりつけ病院兼、教会兼、etc.な場所。


言語化できないけど、公共施設的な感じのところだ。

ちなみに郷では大家と呼ばれてる。




前にも語った通り。この世界の聖女は『何でも屋』みたいなものだ。

基本的に困ったら聖女に頼めば何とかしてくれるっしょ!みたいなノリでクッソ面倒な事を頼まれる職業、それがこの世界での『聖女』


イヨド湖を挟んで反対側にあるフタカミ山へ山の麓の郷の人間に見つからないようにカンカン石をとってこいとか。

ここから往復一時間以上はかかるアカハダ山の粘土を一時間以内にとってこいとか。


ほんとね、無茶言うなって面倒事まで請け負っていた。

聞こえてるかぁ!?ナガスネ!!

聞こえないよなぁ!恨んで出たぞゴルァ!!




まぁそんなもんで、私もここで色んな人から頼られ。

それを断りきれずに時間が過ぎてしまい、やりたい事が後回しになる事も多かった。


それも同じように、ミカもここで頼られて時間を取られたから祭壇まで行けなかったんじゃないかな?

っていうのが私的最有力候補。


私が聖女やってた頃もたまにあったしね。

それかな〜。って事で!


バサ!

「失礼しまーす!!ミカいる〜??」


…………。うーっと……???

男、男、爺、婆、婆、少年、少女、幼女。


「あ、あれ?いない???」

大家には老若男女が入り混じってるが。ミカは探せど見つからない。


え、嘘、マジで?最有力潰れたんだけど。

じゃあどこ行った?


郷のどこかで手伝ってるとか?



広場には、、、いない。

川の方は、、、いない。

他の家は、、、いない、いない、ここもいない


なんで?郷に、いない?




まさか、本当に獣にやられて?い、いや、そんなまさか……。




「やー!!ミカねーちゃんと遊びたいの!!」

少女が駄々を捏ねて母親を困らせるという可愛いらしい反抗を尻目に、ミカの安否を思考する。




あのミカが、ただの獣程度に遅れをとるなんて考えられない。

だってあの子、クマを一人で倒せるぐらいには強いよ?クマ相手だと流石にギリギリだけど、それでも狩れる筈。


道すがら血痕も、血の匂いもなかったし、何かとやり合ってたと思えないんだけど……。



山を穢さない為に逃げてた時にやられたとかか?

基本、参道の周りしか見てなかったし、遠い場所でやられたなら見つけられなくても説明がつく。


それに、ミカはあまりカウンターが得意ではない。

基本的に特攻して的確に素早く急所を狙っていくスタイルだ。

そのせいで、カウンター型の私や、遠距離型のナガスネにはいつも負けていた。


いつも特攻してたミカが、急に逃げながらのカウンターなんてやったら、どこかで隙が生まれ狩られるのもおかしくない。




「お姉ちゃんは穢れてて今は遊べないの、モミもお姉ちゃんに触れて穢れちゃったら嫌でしょう?」

「…うん」




そして、もしそれが本当に起こったなら、それが今考えうる最悪の事態だ。







何たってもう、いつもミカが来ていた時間から、








──少なくとも2時間は経ってるんだから
















『穢れ』

忌まわしく思われる不浄な状態。


古来より世界的に信じられており。死や疫病、近親相姦、出産、生理、血、一部の動物を食べる事すらこの『穢れ』によって忌避される。

人類史はコレとの戦いとも言えるほど、重要な概念。それが『穢れ』だ




もちろんこの世界でも『穢れ』は信じられている。

この世界においての『穢れ』とは、『ケが枯れる』という事。すなわち日常が枯れて非日常に変わる事。


世界に変化を与える魔力にして、この世界で最も忌み嫌われているモノ。それこそがこの世界においての『穢れ』である。



だから、その枯れた『ケ』 日常 を取り戻すために『ハレ』 祭り を執り行い。『穢れ』を祓う。

この『ケ→ケガレ→ハレ→ケ』という循環が全てのものに老いを生み出している、というのがこの世界の考えの根本だ。



『穢れ』は結構色々なモノから生まれる。死や疫病、天災、怪我、性行為、出産、月経、犯罪etc.…。

身体の一部から出た物質や、死に関わる物、共同生活の妨げとなるものなどは全て『穢れ』を産み出すとして忌避される。


そして、穢れは穢れを持った人間に触れると伝染する性質を持っているため。穢れた状態の人間は祭事の参加、狩猟はもちろんの事。郷で過ごすことすら禁じられるのだ。




出産や月経までも忌避されるのは現代常識から考えるとおかしいと思うけど。

まぁ、おそらく。科学技術が全く発達していなかった時代の自衛手段だったのだろう。


出産、月経や怪我では必ず体液が排出される(月経と怪我では血、出産では羊水など)

それら体液にはタンパク質又は糖質・アミノ酸などの栄養分が多量に含まれていて、排出直後は40度弱と菌にとって繁殖しやすい条件が揃ってしまっているのだ。

そのため、それら体液は放って置くと病原菌の巣窟となる可能性が高い。


現代では病気に対する見識がしっかりと備わっている人が多いため、必ず処理されるだろうが。この時代ではそうは行かなくなる。

そうなると月経や出産後に病気が流行りやすくなり、小さな共同体では破滅へと繋がってしまう。


だから、体液を排出する物体そのものを忌々しいものとして避ける為に『穢れ』としたのではないだろうか?なんて、モモソは考えていたりする。

とはいえ、あくまで、彼女の考察でしかないのだが…。




さて。


では、郷にいられなくなった人間はどこに向かうのか。

それが『忌み小屋』である。



ハツセ川を跨いで郷の反対側にある小さな小屋で、基本的には郷からは見えない位置にひっそりと佇んでいる。


郷において邪魔になる存在を遠くへと追いやり、閉じ込めておくための隔離施設として機能しており。怪我人、生理中の女性、病人、一部の懲罰人など様々な理由で生まれた穢れを隔離するための施設だ。



とはいえ、余程の場合じゃなければ一時的に入るだけであり。

なんなら入ってる時は何もしなくても穢多という看護師のような方々が身の回りの世話をしてくれる為、この世界で唯一ニート生活が出来る場所だったりして、かなり良い施設だったりする。


あ、もちろん懲罰人に対しては穢多の方々の奴隷としてこき使われるけどね。


忌み小屋は『忌み』なんて不名誉な名が付いているが、実際はには療養施設けん病院といったほうが正確と言えるだろう。






…さて、では何故私がミカを必死に探している今、こんな話を長々としているのか。




思い出してみよう。




・『穢れ』は月経によっても生まれる。


・穢れた人間は祭事に出る事が禁じられている。


・穢れた人間は郷において邪魔となるため『忌み小屋』にて過ごす。


・『忌み小屋』は郷から見えない位置にある。


・ミカシキヤは第二次性徴を終えた女性である。




「あ"ぁ"〜…」

「………、生理なんて消えてなくなれ」




──つまり、そういう事だ。






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