櫛笥の中のかがち

 





よし、とりあえず、落ち着いて、情報を整理しよう。



ここ四日ほどの事。

寝ている間の、大体9時ぐらい〜6時ぐらいかな?の内のどこかで、祭壇に卵を置いてる輩がいる。



犯人はおそらく小動物、卵を咥えてここまで持って来れるモノで。尚且つ、私から隠れるために場所や経路を変更する知能があるヤツだろう。

上から監視してても気づかなかった事から、おそらく大きさは、草に隠れる程度。



卵を抱えれる程度だから、猫とか狸かな?とも思ったけど。あの大きさじゃ草に隠れれない。

鼠とかだと、逆に草に隠れる事は出来るけど、卵は抱えられない。


卵を咥えれて草に隠れれる、なんていう微妙な大きさの動物など……。

あ、いや。小さめの、イタチやカワウソなら、ギリギリ見えずに持ってこれるか?


まぁ、それくらいの大きさの小さな動物が犯人と見ていい。

高い知能を持ち、卵を咥えながら草に隠れる事ができる小動物。それが犯人だ。


…なんでこんな事してるのか意味分かんないけどね



昨日の事からわかる通り。ヤツはただ見張るだけでは捕まえるどころか、視認すら出来ないだろう。

野性で鍛えられたであろう隠密能力に、ずば抜けた知力というのが厄介すぎる




でも、方法がない訳ではない。



見張るだけでは捕まらないなら、見張るだけでなくすればいい。

視認すらできないのなら、見てない時でも捕まえれるようにすればいい。



──罠だ



罠ならば、見ていない時でも掛かれば捕まえられるし、気づかれても動きを制限して見つけやすくできる。


聖女だから最近はそう言う事もやらなくなってしまったが、幼少期は戦闘民族の娘として育てられてきた。

その甲斐もあり。その罠のメリットデメリットも、作り方も、どこら辺に設置すべきかも、もちろん覚えている。





で、どんな罠を使うかだけど…。



まず、イタチやカワウソ程度の大きさなら、一帯を網や柵なんかで囲って、入った奴を捕まえる『囲い罠』は大きすぎるから、論外。 



普通それぐらいの大きさなら、箱の中に入ると自動で蓋を閉めて閉じこめる『箱罠』を使うんだけど。

箱に餌を入れて誘き出すこの罠だと、今回は難しい。


なんたってヤツは、食べ物をわざわざ持ってきてるんだから。目的が餌じゃない事はわかりきっている。



獲物が来た時に板を落として圧殺する『戸板落とし』も使えない事もないけど、流石にこの山で動物を殺すのははばかられる。


だから、消去法であれしかない。





……と、言うことで、今回使う罠は〜????


……コレ!!

 

『くくり罠』!!!


 

『くくり罠』というのは、その名のとおり踏んだ動物の一部、例えば脚とかを締め括って捕まえる罠の事で。『戸板落とし』と並んんでかなりスタンダードな罠だ。

難易度やコストの低さが好まれる由縁である。




前回と今回のことで、ヤツは私が見張っている時、私の目を掻いくぐるために磐座に隠れたところを移動する事が分かっている。

つまり、私が見えない所に罠を張れば、ヤツは罠に入って来やすくなるはずだ。


くくり罠は、仕掛けに触れると自動で獲物を捕らえるように作られている。今回はルートも絞らせる事が出来るから、ほとんど確実に捕らえられる筈だ。

しかも。もし、ヤツが罠とわかって別ルートで来ても、私が見張ってるから、確実にヤツの姿が見れる。

 

これなら、確実にヤツを視認できるって寸法だ。

 

 

ふふ、完璧だ。



問題があるとすれば、設置に必要な材料がない事ぐらい。


それも特別な問題というわけではない。


ミカは朝と夕の一回ずつ祭祀をしてくれる。

朝餉の時に罠を作って貰うようにお願いすれば、夕餉の時に設置してくれる事だろう。


これはもう勝ったも同然。

明日、祭壇で卵を見ることはないだろう!!!




私はそう高を括り、祭壇で暇を潰す。

そして──









「……遅くね?」


ミカが来ないまま時が過ぎ……、

気づけば、薄目で見上げた太陽は60度くらいまで登っていた。



遅い、遅すぎる。

いつもならとっくに来て帰ってる頃なのに。



イノシシにでも襲われでもしたとか?

いや、ミカがイノシシ程度に遅れをとるわけもないし。


なら、郷に何かあってそれの対策?

ミカが来てないから、神事が必要なものではないだろう。となると、出産や怪我などのハレが必要なものではなく、もっと日常的な問題。


例えば、大切なものを失くしたとか、用事があるから赤ちゃんを預かってくれとか、そんな感じだろう。



あ、でも『朝焼け時と夕焼け時に祭壇に来てほしい』なんて約束してる訳でもないし。もしかしたら、面倒くさくて来てないだけっていう可能性も……。

何なら、面倒なら来なくてもいいといつも言ってるし。


……いや、まぁ、それはそれで悲しいけどさ。


あー、でもそうか。

もしそうなら、ここで迎えにいってしまうと『毎日来て』と言ってるのと同じになっちゃうから。迎えに行くのもあれになるのか。



うーん


いや、確かに来なくていいとは言ってるけれど。半年ずっと来てたのに急に来なくなるのはおかしいし、万が一なにか起こってるなら助けに行かなくちゃだし。


何より


「うじうじ悩んで行動に移さないなんてアホらしいもんね!!」


私はそう言って山を駆け降r「ぃッ──!!」


……私はそう言って不格好に足を引くながら駆け下りた。






「はぁ、はぁ、…ミカは!?」

郷の外にあるいつもの巨木に登って中を見渡す。


心配して戻ってきたけど、その心配とは裏腹に郷の様子はいつもと変わらないように見える。

土器を焼いたり、石を磨いたり、刃を交えたり。



何か起こったわけではなさそう?

というより、ミカがいなくなったとすら思ってないみたいだ。

道すがら探しても見当たらなかったから、てっきり郷にいてるものだと思ってたんだけど。



……もしかして、マジで面倒くさくて来てないだけ?



い、いや、まだ何か事故った可能性あるし!!!

うん!面倒とかそんなんじゃない筈っ!!!


いや、ミカに事故しててほしいわけじゃないけど……。




さて、と。ここからミカが見当たらないとなると、本格的に郷の中に入って探さないといけなくなる。


のだが


先述の通り、ミカにわざわざ探してたって知られたくないし、私(郷目線大神様)が郷に降りたとなると大惨事になるだろう。

だからここからは隠密行動しないといけないんだけど……。


少し気になる事があるし、ついでにそっちを試してみようと思う。

もし私の考えがあっていたならば、隠密行動する必要がなくなってすぐに探しに行ける筈だし。



さて、この世界に『昼は人の世、夜は神の世』という言葉がある。


ここで言う『神』と言うのは、魔法の説明をした時の精霊の事。

…というより、この世界では大神様以外の霊的な存在をすべからく『神』と言っていて。幽霊とも精霊とも妖怪とも言える。


ちなみに大神様はその『神』と『人』を束ねるから『大いなる神』で大神様だったりする。まぁ今は関係ないからほっといていい。



この言葉の意味になるのだが、結構そのままで。人は昼に働いて夜に寝て、逆に精霊は夜に動いて、昼に寝る。という宗教的迷信だ。


それもあってこの世界では、人と神が交わる事が出来るのはその間、黄昏時とか彼わ誰時と言われる時間帯だけと言われ、郷の宗教行事や政なんかはその時間に行われる事になっていた。

私がわざわざご飯を我慢してまで明けと暮れに祭祀をしてた理由の一つでもある。




で、何で急にこんな事を言い出したかというと…。


そう言えば昼にあった時ってなぜか無視されてるんだよね。



地震の時も私が後ろにいる筈なのに、何故かみんなミムロ山に向かって祈ってたし。

アカハヤとクロハヤには守るためとはいえ、背中をガッツリ見せたのに郷で語られたのはあの蛇だけだったり。

それに、つむじ風が私の干渉を受けてなかったり。卵が触れなかったり。実はここ何日も何も食べる気にならなかったり。魔力が見えたり。


そもそも、生け贄として死んでたり。


心当たりが多すぎるのだ。

私が、もう生きてない。死んで幽霊になって。完全な霊体である、心当たりが。


だから、ここで確信に変えよう。



姿を晒して見えなかったら霊体。ただそれだけだ。



「ビーム」


ピカッ!


「っ!?……ん〜、何だろ?」

オンパラの瞼に水面から反射させた光を当ててコチラに来させる。


…あ、一応見られた時ように神様っぽくしとこっか。

「ミラージュ」


私の周囲が少しだけ歪む。まぁ、見えちゃった時必要だしね。


ザ、ザ、ザ、ザ、ザ…。


さて、と。


「で〜…、なーっにかあるのっかな〜??」

オンパラがいつも通りのキャピキャピ感で河岸まで歩いて来る。







ザッ




ザ ッ !





目の前。





「………」






目の前に12の少女。







「……………………こんにちは」






挨拶。返事は──?







「……何もないっぽい?」


ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザ、ザ、ザ……。

オンパラが歩いて去る。


返事は、返らなかった。



「……人から隠れる必要ないみたいね」


悲しく呟きながら、足早に郷へ向かった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る