夜を這う蛇神




ようよう白くなりゆくフタカミ山。

少し明りて紫立つ雲とのコントラストはまるで一枚の絵でも鑑賞しているようだ。


「ってね」


真ん中から白、黒、オレンジ、青、紫と線対称に二つに分かれたパレット見たいな世界。

紫色からもう赤色に変わりかけている空と湖が、二つ頭のてっぺんだけが黒く塗られたフタカミ山を挟む。


私はそんな景色をいつもの祭壇からボーッと眺めながらそう呟く。




転生してからいつも見ていた景色だけど、前世では考えられないほど美しい原風景。


聖女時代は稽古だ、改造だ、祭りだ。と忙しかったから気にもならなかったが。

こんな風にゆったりと、趣を感じるのも悪くはないかもしれない。



ゆったりとこの景色を眺め、そんな事を寝ぼけた。





さて、今居るここは、ミムロ山の麓の祭壇。

なぜここに居るのかと言うと。まぁ、単純にここで起きたからだ。




幽霊となって以来。私は山の麓の祭壇で寝泊まりするようになっている。



理由はとても単純。

私がいたら仕事に手がつかないだろうからだ。



想像してみてほしい。


朝、ふと目が覚めると横に自らが信仰する神さまが枕元に立ていた事を。

それがこの世界においての最高神として知られている神さまと信じられてる存在だった時の事を…。



普通に無理である。

心臓が弱い人ならおそらくそのまま心筋梗塞でも起こして倒れるレベルだ。


例えるなら、寝る時に掛けておいた推しの声のアラームが、起きたら本物の肉声に変わってて直にASMRされてるようなモノ。


さすがに私だって、寝起きの人をびっくりさせたくないから、そこらへんは配慮してるのだ。





……、やっぱりニッチなんだよな。

例え。


もうちょっと一般的な事で攻めてこう。うん。





「……で」


まぁ、そんなわけで。

祭壇が実質ベッドみたいになって、最近はこの祭壇の景色も見慣れてきた頃なんだけど……。



「なにこれ?」



明らかに見慣れないものが、一つ置いてある。

置かれてるというより、捧げられてる、のかな?これ?


白くて丸い、表面は硬いが脆く、落としたらすぐに割れてしまいそうな、そんな物体。

多くは鳥類や爬虫類のメスが生み出し、必死の思いで温めるソレを、生前ならとても栄養価が高い食物となると大喜びしていたと思う。




『卵』


鳥の卵だ。炭酸カルシウムらしき殻がついてる。


さすがに、なんの鳥の卵かまで分かるほど詳しくもないから分からないけど…。

この時期でまだ卵なので、秋に産卵する種類の鳥である事は想像に難くない。



なんで卵が、こんな所に捧げられてるのか全くもってわからないが。

とりあえず、鳥さんがここを巣にして寝てる間に産んだとか、そういう事ではないと思う。

枝とかないし。



「……本当に、なんでこんなところにあるんだろ?」



ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。

歩き寄る草の音が、後ろから響く。



寝るときにはなかったと思うから、寝てる間に置かれた代物なんだろうけど……。


なんの意味があるっていうのか。ただのイタズラなのか、何らかのメッセージなのか。




いや、祭壇に卵があるのは特段おかしな事ではないのか??


大神様へのお供え物として考えれば、不思議でもないし。

私が聖女の時も、狩った獲物をお供えしてたし。その中には卵もあったんだから場違いというわけでもなかったり……。




「いや、普通におかしいんだが?」




何だろう、なんというか。

この一見場違いなようで、これはこれで合ってるような謎の正当性が、奇妙な腹立たしさを生み出している。




「それに、なんか濡れてるし」


「お早う御座います大神様」



なんで微妙に濡れてるんだよ。


今日は雨降らせてないし、降ってもないから、自然に濡れる事なんてないはずなのだが。

それとも露かなにかか?確かにおかしくはないけど、気温的にもう霜の時期のはず。



「ぬ、濡れ??……えっと、どうかされましたか?」



って、これ水で濡れてるんじゃないな。

なぜか、そこそこネバネバしてる。


油と同じか、それ以下。とりあえず水より粘度がありそう。


油っぽさはあんまり感じないけど……。

もし油なら、可燃性あるはずだし燃やしてみるか?




「ファイア」



「あ、あれ〜??聴こえてらっしゃらないのかな??」





……燃えない。


液体の発火点が高いか、空間の温度がそこまで熱くなってないか。そもそも、可燃性のない液体か。



「サーモグラフィ」



魔法を使うと青一色の景色に変わる。


温度を色として色覚的に見る魔法。

正確には、物質の温度と比例して上昇する赤外線の量を見る魔法。それを使ってみる。



理由は単純に、温度から燃えない原因が探れないものかと考えたのだが。



…あー、なるほど?問題は温度か。


結果は上記の通り、視界は真っ青。

卵の温度上昇がてんで見当たらなかった。



初冬入りかけだからか、発火点に至るまで温度が足りてないのに加えて、下に日の出前のひえっひえの石である事が温度の上昇を阻害しているのだろう。


となると、この方法じゃ難しいな。

下が石のせいで、発酵による発熱とか、リンによる発火とかができないからこれ以上温度を上げれない。



となるとほかの方法で油かどうか試験する必要がある。

何か、油と判断できるような現象…?



「あの、大神様」



「けん化、ぐらいしかないか」



けん化、油に薬品を加えて石鹸にする反応だ。

確か、油に強塩基を突っ込ませて加水分解すればよかった筈。



油が卵についてるかどうかの試験だから、強塩基の物質を準備すればいい。


本当ならNaOH水酸化ナトリウムや、KOH水酸化カリウムなどを使いたいけど、あれはどうやっても自然発生しないから無理。

自然界で唯一出来そうな強塩基は水酸化カルシウムだけど…。



「け、喧嘩しか、ない…っ!?」



明らかに花崗岩であろうこの石にはカルシウムの含有量は低いだろうし…。


ほかのとこから作った水酸化カルシウムを持ってくるにしても、近くに石灰岩がある場所をしらないし。


卵の殻の炭酸カルシウムを利用するにしても、高温で熱してから水を液体を流さないようにしながら、尚且つ殻を溶かしきって中の卵白を出

さないよう慎重にかける必要があるから、絶対油を燃やした方が早いし。




「神様の、喧嘩って…。」




うん、無理だな。

現実的じゃない。


じゃあ、卵の方を調べて。

そう思って私は、卵を持ち上げる。


否、持ち上げようとした。


「え……。」


卵を手にとった。私は卵を手にとって、持ち上げた。

その筈なのに…。



卵はビクともしない。



あの時だってそうだ。

あの時、アイツと戦った時、つむじ風が私を中心に出来るのはおかしかった。


つむじ風とは上昇気流に回転が加わった風の円運動。

初期は向心力を安定させるために、中心に物があったらいけない筈なんだ。



私ってまさかコイツと一緒で…。



私っt「お、大神様!!!!!!!!」


!!?!?!?


聴こえてきた大声に、考察が途切れる。

後ろを向いて見上げると、ミカが顔を真っ青にして私に詰め寄っていた。


うぇ!?ど、どした!?


「し、失礼ながら大神様。貴方様程の者が今喧嘩なさるとなると、トトビモモソの件にてただでさえ荒れたこの土地が更に荒れ、我々含むこの土地に住まわせて頂いている動植物共が生きられぬ不毛の地へと変わるかと存じ上げます」

「大神様にとりましては我々など愚かなる畜生共としか思われない事など重々承知しておりますが。ここはどうか我ら矮小な者共の事を想い、その御怒りを鎮めていただきますよう深くお願い申し上げます」



……、お、おう?


えーと?つまり…?

喧嘩したら私たちが死ぬから怒らないで。か?



え?なんで?

喧嘩?喧嘩なんてしたか?喧嘩…。


「あ、けん化か!!」



──ビクゥ!?

ミカが驚いた猫のように飛び上がる。


あー、そういうね。

なるほど


さっき言ってたのはケンカはケンカでも諍いの方じゃなくて、石鹸化のほうのけん化だ。


おそらく、石鹸の方のけん化がわからないから、オラついてる方の喧嘩と間違えちゃったんだろう。

発音ほとんど同じだしね。




「大丈夫、そういう意味じゃないから安心して」




ついでに言えばミカには、石鹸は教えたけど石鹸の作り方までは教えなかったもんね。知らないよね、けん化。


うん、すまん、ミカ。



「そ、そうですか…。よかった…。」


誤解も溶けたみたいだ。よかったよかった。



って違う!

それよりも!!


「ねぇミカ、今日起きたら祭壇にコレがあったんだけど…」


「…卵ですか?」


「そ、何でこんな所にあるのかなって気になってさ?…あ!もしかして、これってミカが捧げてくれたヤツ?」


「いえ、夕餉ゆうげ以来何もお出ししてませんが……。もしかしたら、下げ忘れていた物かもしれませんね」


「あー、そういうね」


なるほど。

確かに昨日夕飯に卵をだしていた。下げ忘れはなかったように思ったけど、視界に入ってなかったみたいだ。

起きるまで卵に気づかないなんて、馬鹿だなぁ私。


「ふぅ…。では、私は祭りの準備を始めますね」


「お願いね〜」


多分、液体も露だろう。そう考え直して今日もいつも通りの1日を過ごしたのだった。






次の日……。



「……ねぇ、ミカ、これどういう事だと思う?」



祭壇には、見慣れない濡れ物が置いてある。


そう、

白くて丸い、表面は硬いが脆く、落としたらすぐに割れてしまいそうな、そんな物体。

多くは鳥類や爬虫類のメスが生み出し、必死の思いで温(ry


『卵』だ

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