禁足地の土着神





チィィーっ!!



大柄な男ほどの背丈の身長。ほおずきのように赤く輝く目。見るからに堅牢そうな鱗。手足のない、ふくよかな身体。

目の前に見える、トグロを巻いたソレは、巨大なツチノコみたいなモンスター。


ヤツと私は睨み合って動かない。


まるで蛇に睨まれてるみたいだな(直喩)




……さてと。現状の整理だ。


得物はなし。

ステージは木々に囲まれた『禁足地』。

残念なことにステージセレクト権は完全にあちら側にある。



クリア条件は『コイツらアカハヤ・クロハヤが大きな怪我なしで郷へ帰らせる』事。

あくまで、足止めが本分であり、コイツを討伐する必要はない。


現在使用することが難しい魔法は、森林火災の危険から炎系、林冠によって日光が遮られる関係から光系、あと現時点では転倒や遭難の可能性から水系の三つだろう。もちろん災害級は全てにおいて論外。

そして、ヤツについてわかってる事は、風系の魔法を使える蛇であるという事だけ。


と、まとめるとこんな感じか?


得物がないのは痛いし、地の利もなしで圧倒的に不利。

魔法なしの試合や狩りなら何度もやってきたけど。魔法戦、しかも魔法のみの純粋な魔法戦は初戦で不利。

コイツらを護るために攻撃を最小に抑えないといけないから、私からは動けず、そのせいで先行は必ず取られるので圧倒的不利。


スリーアウトだ。

普っ通にキッツいな!!これ!!



まぁ、でも、まぁ。

あのクソガキども、守んなきゃだからな。仕方ない。




ザ、

…ザ、


………ザ、

…ザ、



後ろで、二人が後ろに下がって行く足音が聞こえる。

そう、それでいい。刺激させずに、ゆっくり逃げろ。




蛇は元来とても臆病な性格であり。自分から攻撃を仕掛けてくる事は滅多にない。



トグロを巻くのは、自らの体を丸めて次の行動を素早く行う為の防御としての意味が強く。

敵が近づいた時には、今みたいにトグロを巻いて威嚇し、それでも相手が引かない場合に噛み付つく。


逆に言えば。私を“敵”として認識し、こうやって睨み合いをし続ける限り。二人はおろか、私ですら襲われないということだ。



問題は、いつ痺れを切らすか。

アイツが痺れを切らしてこちらを襲ってきた瞬間、戦いの火蓋は切られえる。



チィィーーっ!!



ザ、

…ザ、

ザ、


……ザ、


…ザ、



よし、足音はもうかなり遠い。

このまま、ゆっくり──




…パキッ!




チィィーーっっッッ!!!!!!!




「ッチ!!」

音で痺れを切らしたか!!!



枝が折れる音に合わせて、ヤツが巻いてたトグロをバネのようにして飛んで突進してくる。




「リーフレインッ!!!」

ブォぉぉおぉぉおおおおおおお!!!



それに対し、魔法で強風を飛ばしそれに煽られた葉で対抗する。


けど、


止まらない、よねっ!!




「っ!!」

私は、そのまま横に避け、





ドザァぁぁああああああ!!!


ヤツが着地する。




体制をたてなおしてる隙に!!




「ロックバレット!!」




ブォ!!




石を弾いて。


ヤツの顔面にぶち当てる。



よろけた。

「!当たっ!?」




ってマッズい!?!?

尻尾が伸びて来!!!




「ッグぁ!!?!?!!」




そのまま当たって宙に浮く。

クッソ!油断した!!蛇が尻尾で攻撃すんなし!!


空中で体制を整えてながらチラリとヤツを見る。


蛇腹が見える。


仰向けの状態から体制を整えようとしている。






追撃は、考えづらいな。




「っと!」




身体を回転させて勢いを流しながらの着地。









カッ!!っ………・・・・・・。






石が地面に叩きつけられる音が響く。





……──。


…私が着地し終えた頃にはヤツはトグロを巻いて、私はそれに対抗するように手をヤツに掲げながら膝立ちの状態になっていた。

十数mの隙間を空け、どちらも動かずジッと睨み合う。

遠くで二人が駆け下りる音と風の音が微かに聞こえてくる。


チィーっっッッ!!!


そして、ミムロ山の麓にある禁足地のすぐそこは、また静けさを取り戻した。




……おかしい。

いや、睨み合ってるこの状況に不可解な事があるわけじゃない。


相手を静観することで、出方を予測し、正しい行動をする。というのは戦いの中では基本的な技術の一つだ。

一挙手一投足が死に直結する戦いの世界。相手との差が大きく開いていて瞬殺したとかでもない限り、確実に戦いには“間”が付き物だ。


相手が格上ならそれを覆すだけの情報や戦術が必要だし、格下でも侮って馬鹿正直に突っ込むと返り討ちにあう。

情報の整理だったり行動の予測だったりの為に必ず、戦いのどこかには”間“と言うものが存在する。


だから、この蛇がこうやって私を警戒してジッと待っていることには何の違和感もない。



問題なのは、やりやった一瞬。


私の魔法で打ち出された石は確実にヤツの頭に当たったはずだ。


普通、石が何かに当たったら跳ね返る。

当たり前の事だ。何かに何かを当てると、反作用で、来た向きとは反対方向に力がかかって跳ね返る。


もちろん、反発係数が低い柔らかかったりするものに当たって威力を消されたりしたら跳ね返る事はないが。当たったのは堅牢な鱗に守られた蛇。

石は絶対にヤツに当たった時点で『カッ!』という音を発して跳ね返るはずだ。



チィーーっっッッ!!!!



だが実際は、石が当たってヤツが『カッ!』と跳ね返った。

ヤツに当たって跳ね返った時に音を出すはずの石が、ヤツが当たったに跳ね返る音を出したのだ。


作用、反作用が起こるのは誤差なく同時。当たったならその時点で跳ね返り、音を出す。

つまり、石は


『ヤツをて別の何かに当たって跳ね返った』


そう考えられる。

ヤツの鱗が結構柔らかくて。音を鳴らさずに跳ね返って、地面に落ちた時に鳴った。にしては、音が出るまで明らかに早かったし。

あの角度的に、跳ね返る事もないだろうし。



つまり。

おそらく、ヤツは実体ではなく精神体。幽霊か何かだ。



現実に影響を及ぼす私の魔法で、なぜ効果があるのか理由はわからない。

私の魔法は、魔法で物理攻撃をしているに過ぎないのだから、精神的なモノになんの効果もない筈なのに、なぜヤツが痛覚を感じているのかはわからない。

それに、霊体ならなぜ私に直接攻撃できたのか、も。



でも、魔法が効いてるのは確かだ。


精神体のみを攻撃する手段は、今の私にはない。

もしかしたら出来るのかもしれないが、そんな博打に今出たところで意味がない。やるとしても最後の切り札だろう。


質より量。

仕掛けるべきは、魔法による圧倒的な弾幕物理攻撃




チィーーっっッッッ!!!!!!



「ッチ!!」

っ!動いた!!




ヤツが大きく息を吸う。



って!まさかブレス!?

ドラゴンみたいな怪獣系モンスターの技でしょ!?それ!!?

でっかいだけの蛇がそんな技打つなっての!!



「エアロフォース!!」


強風を吹かせると同時に広がる黒いモヤ




ブォぉぉおぉぉおおぉおおおおお!!!!




風がモヤを押し返す。




けど



「っクッソ!!」


押されてる。これじゃヤバい!




「風の精霊さん!!もっと強く!!」




ブォぉぉおぉぉおおおお お お お お! ! ! ! !




……っっっ!!!


ヤツの力も上がってるっ!!




なんでコイツこんなに!!?



クッソ!足りない!!もっと!!!





「グリーンストームっッッ!!!ロックマシンガンっッッ!!!!」


そこに、緑と土色の弾幕が飛び始める。




ブォぉぉおおおお お お お お お お ! ! ! ! !




拮抗する。私の魔法とヤツのブレスが拮抗する。






「ま、だっっ!!!」



ブォぉぉおおお お お お" お" お" お" お" お" お" お" お" お" !" !" !" !" !" !"






ッッッ!?!?!?!?!?





「なん!?」




…っっっっッッッ!?!??!?






黒いモヤが消える。



ヤツが消えてる。





いや、決して消えたわけじゃない。



じゃあどこにいった?







周りを見渡す。



右、いない。



左、いない。



後ろ、いない。








…なら、






「上!!」




ブォぉおおお!!!!









木の葉が舞い上がる。








チィィーーーっっっっッッ!!!!!!







上には、黒煙を吐きながらこちらに向かって落ちてくるヤツの姿。






私はヤツの突進を、






すんでで避ける。






ドォ

ォオオオ

オンンンンンンっっ!!!!







「ロック──




──ショット!!」










……。




















痛みに堪える声は響かず、石が弾く音だけが耳に入る。



……・・・・・・・・・・。


「はぁ、はぁ…!」


チィーー…!



クソ、外した。




応酬を終えると、ともに崩れた姿勢を整える。ヤツはトグロを巻き、私は手を突き出す。

先程と同じ光景が両者の位置だけが変わり、森は真に静寂に包まれる。




もう、遠ざかる足音はない。


大きな蛇越しに眺めた山下には、もう誰の姿も見えない。隠れてもいない。



私以外、ここには誰もいない。



それでもコイツは、私を警戒し続けている。

おそらくコイツの頭にはもう、アカハヤとクロハヤのことなど存在しないだろう。


── 「クリア」


私は頬を歪ませて、小さくそう漏らした。

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