十六

 クリスマス会は、まず牧師さんのオルガンに合わせて讃美歌をうたうことからはじまる。

『もろびとこぞりて』

 超有名なクリスマス・キャロルだ。おれが子供のときもこの曲ではじまった。歌詞カードを見ながらボソボソ歌う。美咲さんは意外に歌が上手だけれど、声がもろアレサ・フランクリンなので、讃美歌がゴスペル・ソングに聞こえてしまう。

 歌が終わると牧師さんのありがたいお話だ。毎度おなじみキリスト降誕のくだり。坊さんの説教よりはましだけど、子供のころのおれはこれが退屈でいつもキヨシと一緒に居眠りしていた。

 それにしても牧師さんの格好、銭湯にいるところをそのまま引っ張ってこられたので、下は小豆色のジャージ、上はねずみ色のトレーナーと、どう見ても定食屋でビール飲みながら明日のレース予想してるオッサンだ。

 イエスさまも無事エジプトへ逃れたところで、みんなでショートケーキをつついた。美咲さんはダイエット中ということで、欠席した子供のぶんも合わせ、おれのところへ四個も回ってくる。甘いもの好きだけど……うぷ。

 そしてティータイムのあとは、お待ちかねのプレゼント交換だ。

「おうダイスケ、おめえも交じれ」

 パイプ椅子や長テーブルを片づけて場所を作っていると、いきなり美咲さんに言われた。

「えっ、おれもっすか?」

「少しでも人数多いほうが盛りあがるだろう。あたしも入るからさ」

「でもおれプレゼントなんか用意してないっすよ」

「心配すんな。あたしらのぶんは、ちゃんと町内会費で準備してあるから」

 なんかVIPって気がして少し感動したけど、手渡されたのは『カンパン』と印刷された袋。なかにはキツネ色に焼けた乾パンがぎっしり詰まってる。どうよこのセンス、おやつってより保存食だろ。これもらって喜ぶ子供いるのか? もしガキのころの自分がプレゼントでこれ引き当てたら……泣くな、たぶん。

 プレゼント交換は、全員が背中合わせで輪になって行う。後ろ手に持ったプレゼントを、牧師さんが弾くオクラホマ・ミキサーのリズムに合わせ順送りにまわしてゆくのだ。プレゼントと一緒に小さな指が触れるたび、なんか胸がキュンとなる。あ、そういう嗜好はないからな、念のため。右どなりにいるの、男の子だし。

 音楽が止まった。おれの手には布製の巾着みたいなのが残された。なかを開けてみるとキャラメルが三つ。不揃いに切りそろえられた手作りのキャラメルが、セロファンに包まれ、ラッピングタイで結んである。

 斜めまえのほうで歓声があがった。花のコサージュがついたキレイな髪飾りを手にして、女の子が小躍りしている。となりにいる友だちが「いいなー、見せてー」と手を伸ばしている。キヨシも星のヘアピンを引き当てたとき、あんな嬉しそうな顔していたんだろうか。口ではブーブー文句たれてたけどな。『カンパン』は無事、翔馬くんのところへいった。「だせえ!」と言って彼はそれを床へ投げつけた。うん、ヤンキーとして正しい反応。

 閉会するまえに、またみんなで歌をうたう。

 讃美歌109番『きよしこの夜』

 カトリックでは『しずけき』というべつの歌詞になるらしいんだけど、やっぱりこっちの歌のほうが馴染みがあって好きだ。子供たちと一緒に頑張って音符をたどる。美咲さんはアレサ・フランクリンからジャニス・ジョプリンへと変わり、静謐なメロディをソウルフルに歌いあげていた。

「今日は悪かったな。マジで助かったよ」

 子供たちを送り出し、後片づけもおおかた終了したところで美咲さんが茶色い封筒を差し出してきた。

「これ少ないけど、バイト代だ」

 おれはあわてて手を振った。

「いいっすよ、これ町内会の行事じゃないっすか」

「遠慮すんな。どうせ役員のジジイどもが打ち上げやるためにキープしておいた金だ。あたしら三人で山分けすることにする」

 封筒には一万二千円入っていた。ラッキー。

「じゃあ、ありがたくいただいておきます」

 軽くあたまを下げるおれに、美咲さんがめずらしく優しいお姉さんの顔になって微笑んだ。

「まあアレだ。キヨシのことは残念だったけど、おめえもまだまだ捨てたもんじゃないし、早いとこ次の相手見つけて新しい恋でも始めるんだな」

「……そうっすね」

「ちなみに、あたしなんてどうよ? 今ちょうどフリーだぜ」

 腰に巻いたチェーンベルトをジャラっと鳴らして、美咲さんがしなを作った。おれは上体を九十度に折って、ていねいにお辞儀した。

「今日は、お疲れさまっした!」

 外へ出ると、もう雪は止んでいた。西のほうの雲の切れ間には、寒そうに星が瞬いている。道に積もった雪は、靴やタイヤに踏まれところどころシャーベット状になっていた。明日は一転して快晴になるらしいから、この分だとすっかり溶けてしまうに違いない。

 キャラメルをひとつ、口のなかへ放り込む。

 カチカチに固かったけど、バターの風味がよく効いて懐かしい甘さがあった。

 クリスマス会へ行って良かったと思う。なんかすごくアッタカイ気持ちになれた。また来年も手伝いに行こうかな。キヨシも一緒なら、もっと楽しかったんだろうけどね。

 この時間帯すでに日も暮れて、いつもなら住宅街を抜ける夜道は真っ暗になってるはずだけど、雪が積もったせいで街全体が薄ぼんやりと明るかった。自作のイルミネーションで庭木を飾り立てた家なんかを見かけると、やっぱクリスマスだなあって実感できる。

 ようやく自分の家のそばまで来たとき、門のまえにひとが立っているのが見えた。

 白いコートの女の子。

 キヨシ。


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