十五

 町内会館は、分譲住宅の密集するなかにポツンとある。平屋建てのプレハブだけど緊急時の避難場所にもなっていて、そこそこ頑丈には造られてるらしい。

 おれがガキのころにはここで書道教室をやっていて、よくキヨシと顔に墨を塗りたくって先生に叱られた。

 会館の奥にある収納スペースには、防災用の備品やら非常食の箱がめいっぱい積まれている。その奥から「クリスマス会」と殴り書きされた段ボール箱を引っぱり出す。

「ねえ美咲さん、立岡さんどこ行ったんすか?」

 腕にごつい金のブレスレットを巻いた美咲さんは、それをジャラジャラいわせながら忙しく雑巾掛けをしている。

「牧師のオッサン呼びに行ってる。てか遅せえな。また教会で油売ってんじゃねえのか」

 神に仕えるひとをオッサン呼ばわりする美咲さんを横目に、クリスマス・ツリーを組み立ててゆく。もう何十年も使いまわされているツリーは、あちこちガタがきて、電球もいくつか切れていた。

「おれ、ちょっと電球買ってきます」

「そんなのあとでいいから、ちょっとオルガン運ぶの手伝え」

「あ、はい」

「マジで重いから気合い入れていけよっ」

「うすっ」

 本当に重かった。てか二人で運ぶのムリだろ。と思ったけど、美咲さんがぐいぐい持ちあげてぐいぐい引っ張るので、つられておれも死ぬほど足を踏ん張った。高校を中退して以来ずっと運送会社で働きながら母子家庭を支えてきた美咲さんは、メンタルもフィジカルもやっぱただモノじゃない。

 ようやく飾り付けもさまになってきたところで、子供たちがチラホラと集まりはじめる。今どきの子供はオシャレだ。みんなブティックのショーウィンドウからそのまま抜け出してきたように、キラキラと輝いて見える。おれがガキのころは上下とも学校指定のジャージのやつとかザラにいたけどね。翔馬くんは見た瞬間すぐに分かった。茶色く染めた短髪をツンツン逆立て、赤いスカジャンの背中には「BAD CHILD」の刺繍。ヤンキーとしてのDNAはしっかり受け継がれているようだ。

「牧師まだかよ。立岡のジイさんはいったいなにやってんだ?」

 美咲さんがイライラした声で言う。おれがここへ来たときにはもう使いに出されていたらしく、今日はまだ立岡さんの顔を見ていない。

「それより美咲さん。参加する子供って、これで全部っすか?」

 今のところ集まったのは十二人だけ。これ以上増える気配はない。

「あと二人来る予定だったが、用事ができて来られなくなったと連絡があった」

「マジっすか。たった十二人だなんて!」

 おれがキヨシと参加していたころは、軽く三十人を超えていたはずだ。

「少子化の波ってやつよ。おめえもガッコ卒業したらプラプラしてねえで、さっさと結婚してガキでも作るんだな」

 クールにそうキメてから美咲さんは、とろけるような笑顔で「ペガ~」とわが子へ手を振った。翔馬くんは赤面しながら、「けっ」とそっぽを向いた。

 人形のクルクル踊る壁掛け時計が、四時の時報を打つ。もう牧師抜きでやっちまおうぜと美咲さんが言いはじめたとき、ようやく立岡さんたちが戻ってきた。なんでも教会へ行ったら牧師さんは裏の銭湯にいる言われ、呼びに行ったついでにひとっ風呂浴びてきたそうだ。老人に怖いものなし。


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