十四

 町内会の行事を手伝って欲しいとのことだった。

 子供のころキヨシと一緒に参加していた、あのクリスマス会。

「役員のジジイどもがインフルエンザで寝込んじまってよう。おかげで、あたしと監事の立岡さんの二人で仕切らなきゃなんねえハメになった。立岡さんもう八十過ぎだろ、けっきょく重労働は全部こっちへまわってくんだわ」

 地元のヤンキーチームを束ねていた美咲さんは、怖がられている反面人望もあり、町内ではすごく頼りにされている。以前この界隈で空き巣の被害が頻発したときも、防犯パトロールを頼まれた彼女が自警団を率いて、みごと犯行グループを捕まえたという実績がある。

「めんどくせえから中止にすっかとも思ったんだけど、うちの息子がなんか楽しみにしてるみたいでさ。そういうわけにもいかなくなったんだ」

「ああ、翔馬くん……」

「ふだん寂しい思いをさせてっから、クリスマスくれえはめいっぱい楽しんでもらいたくてよ。サンタさんにってお願いされてたプレゼントだって、もうちゃんと用意してあるんだぜ」

 親バカ丸出しの顔で美咲さんが言った。十七歳でデキちゃった婚して、十八で離婚した彼女には、女手ひとつで育ててきた翔馬くんというひとり息子がいる。今はもう小学生くらいだろうか。まだサンタさん信じてるんだ……。ちなみに『翔馬』と書いて『ペガサス』なんて読めるひと、いるか?

「なあに、たいした仕事じゃねんだ。会場の掃除して、テーブルとイスならべて、オルガン運んで、飾りつけして、牧師呼びに行って、集まったガキどもの面倒みて、会の進行して、終わったらガキども送り出して、後片づけして、それで終わりだ」

 大変じゃないですか。すごい大変じゃないですか。どうしよう、適当な用事作って断ってしまおうか。

「おうダイスケ、ここまで聞いちまった以上は、もう逃げるわけにいかねえぞ。あたしの頼み、聞いてくれるんだよな。あん?」

 こちらの考えを見抜いたように怖い顔で睨んでくる美咲さん。基本美人なんだけど、相手を恫喝するときの顔はマジで凶暴だ。あのキヨシでさえ、美咲さんのまえではビビってお人形みたいになるのだ。ましてや、このおれに逆らえるわけがない。

「わかりました、やらせていただきます」

「そうか、悪りィな」

 二時集合と言われ、あわてて家に帰る。簡単に昼食を済ませ、作業ができるようラフな格好に着替えた。ふと自分の部屋の窓から外の景色へ目をやる。相変わらず雪が降りつづいており、時おり家のまえを横切る車もすべてノロノロ運転だ。

 さらに目線を下げると、ちょうど隣の家の玄関が開いて、フード付きの白いダウンコートを着たキヨシが出てくるところだった。

 あいつ今夜はデートか。

 イヴだもんな……。

 コートと同色のロングブーツと、生地の厚そうな茶色っぽいミニスカートを穿いたキヨシは、ちらっと空を見あげ、それからスマートフォンを取り出してなにかをチェックしたあと、早足に駅のほうへ歩き出した。

 窓におでこをくっ付け、しだいに遠ざかる小さな背中に向かってつぶやいてみる。

「……メリー・クリスマス」

 自分を客観視するもう一人の自分が、たまらず吹き出した。

 なにをやってんだか、ガラじゃないっつーの。

 笑った拍子に息でガラスが曇り、やがてキヨシの姿は結露でぼやけて見えなくなった。


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