十三

 心に重くのしかかるような暗い曇り空だった。どんよりと街全体を覆うその空は、明らかに冬の色をしていた。

 終業式のあった十二月二十四日は、とにかく寒かった。大陸から張り出した寒冷前線がどうとかで午後からは雪になるでしょうと気象予報士が宣言したとおり、はたしてホームルームを終えて帰宅するころには、辺りいちめん真っ白な銀世界へと変わっていた。

「わお、ホワイト・クリスマスじゃん!」

 生徒玄関で、だれかがはしゃいだ声をあげる。

 おれはスポーツバッグやら課題のプリントがみっしり詰まったカバンを抱えたまま、途方に暮れた。道路はカンペキな圧雪状態。自転車、乗れるかな? 恐るおそるサドルにまたがり、ペダルを漕いでみる。うん、乗れる。真っすぐ進むぶんには問題なし。でも校門を出たところで盛大にひっくり返り、ダッフルコートを雪まみれにしてしまった。ダメだ、カーブを曲がれない。仕方なく雪面にタイヤの跡を引きずりながら、とぼとぼ自転車を押して歩いた。

 JR沿線のメインストリートを進み、途中から住宅街のほうへと折れる。その先の県営団地が建ちならぶあたりへ差し掛かったとき、後ろから名を呼ばれた。

「おう、ダイスケじゃん」

 女性にしてはちょっと低めのハスキーボイス。その声を聞いたとたん、反射的におれの背筋がシャキッと伸びた。

「あっ、美咲さん。ちィっす!」

 ショッピングカートを押してくる若い女性に向かって、最敬礼する。

 美咲さんは、おなじ町内に住むヤンキー・ママで、今でこそ一児の母として性格もだいぶ丸くなっているが、かつては近隣の不良どもを震えあがらせたフダつきのワルだった。

「どうしたんだよ、こんな時間に。授業フケてきたのか?」

「いえ、今日は終業式なもんで」

「ああ、なるほどな」

 豹がらのハーフコートに、膝うえ二〇センチのデニムスカート。姐ギャルのお手本みたいな格好しているけれど、おれが小学校へあがったときにはもう中学生だったから、今はいくつだ? 二十代半ばくらい?

「美咲さんは買い物の帰りっすか?」

「まあな」

 そう言ってから彼女は、ちょっと不審そうに首をかしげた。

「ところで、今日はキー坊と一緒じゃねえのかよ?」

 いきなりイヤなところを突かれた。適当なウソをついて誤魔化してしまおうかと思ったけど、後でバレたりしたらヤキが入りそうなので正直に答える。

「……あいつカレシが出来たんすよ。それでもう、おれとはツルまなくなって」

「へえ!」

 なにかとびきり面白いものでも発見したように美咲さんは目を輝かせた。ニヤニヤしながらおれの顔をのぞき込んでくる。

「ようするにおめえ、キー坊にフラれたってわけだ。そりゃご愁傷さま」

「うぐっ」

「そうかそうか、ついにフラれたんか。なるほどねえ、それで背中に哀愁背負って、この雪の降るなかをひとりとぼとぼと自転車押して――」

 くっくっと笑いを噛み殺して、美咲さんが楽しそうに言う。一瞬メラメラと怒りの炎が燃えあがったけど、すぐに鎮火した。美咲さん相手にキレても仕方がない、あたら若い命を失うだけだ。

「まあ、そう落ち込むなって。これもまた人生、そうやって失恋を繰り返しながら男は強くなっていくんだ」

「べつに落ち込んでなんかいませんよ。もう全然平気っす。あいつとカレシのことも、陰ながら応援しちゃったりなんかして……」

「なーに強がってんだか、このガキは」

 厚底のロングブーツで尻を蹴られた。

「でもよ、おめえにぞっこんだったあのキー坊がほかに男作るなんて、ちょっと信じられねえ話だな。そんなにイイ男なのか、そのカレシってやつは?」

「ええまあ、野球部のエースで、ぶっちゃけうちの高校のスターっす」

「スターか……女ってのはスターに弱いからなあ。おめえみたい地味なのは、からっきしモテねえとむかしから相場が決まってる」

「はあ、自覚してますけど」

「いいか、キー坊を恨むんじゃねえぞ。女ってのは、惚れた男の甲斐性でその後の人生が定まっちまうんだからな」

「美咲さん、考えかた古いっす」

「ところでおめえ、キー坊にフラれてボッチってことは、今すげーヒマだろ?」

 いちいち気に障るような言いかたをするひとだけど、怖いから逆らわない。

「特に予定とかはないっすけど……」

「ラッキー。なら、ちょっと頼みたいことがあんだけどよ」


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