一〇
「えっウソ……須藤くん、わたしのこと好きだったの?」
めいっぱい開いた十本の指で口を覆い、前川美遊はその大きな目をみはった。仕草がちょっと大袈裟だけれど、栗色のくるくる巻き毛を肩に垂らした彼女がやるとちゃんと様になってるから、美人って得だなと思う。瞳がかすかに青みがかっていて、フランス人とのクォーターだとか、北欧の血が混ざってるなんてもっともらしい噂があるんだけど、おっとりして控えめなところは、やはり大和撫子って感じがする。
「でも、ごめんね。須藤くんって、全然わたしのタイプじゃないの」
ウグッ……大和撫子というのは撤回。
「それに、わたし付き合ってるひとがいるんだ。だから須藤くんだけじゃなくて、他のだれから告白されても答えはノーなの」
この一週間、辛抱強く機会をうかがって、ようやく書店から出てきたところをつかまえた。だれかに告白するなんて人生で初めての経験だった。九分九厘フラれるだろうことは分かっていたけど、あきれるほど予想通りの展開ではもう苦笑いするしかない。あとはカッコ悪い男を演じるだけの、悲しい役どころが待っている。
「そうなんだ。ううーん残念。でもカレシがいるんじゃ仕方ないよね」
「……」
照れ隠しにあたまを掻くおれを、なぜかジト目で見てくる前川さん。なんだろう、おれなにかマズイこと言った?
「ねえ……わたしのこと好きっていうの、ウソでしょ?」
心臓が跳ねあがるくらい驚いた。もしかしたら、からだもピョンと跳ねていたかもしれない。
「図星よね?」
「え、いや、そんなこと……」
しどろもどろになるおれを、前川さんはじっと見据えてくる。まるで心のなかを見透かされてるよう。
「ウソじゃないって、マジ、マジ、おれ、ずっとまえから――」
「ダメよ、ムキになって否定しても。女の子ってね、そういう恋愛に関するウソ、本能的に見破っちゃうものなの。須藤くん、これってもしかしてキーに対する当てつけのつもり?」
このクソ寒いのに背中から冷や汗が吹き出してきた。やばい、完全にバレてる――。
「あのね須藤くん。こういうのガラじゃないからあまり言いたくはないんだけど、須藤くんのやってること、男らしくないと思うの」
おれの目をまっすぐに見ながら言う前川さん。物静かな口調が逆に怖かったりする。
「キーへの当てつけのために好きでもない子へ告白したのなら、それってサイテーだよ。だって告白された子はもちろん傷つくし、なによりキー本人が一番傷つくと思うの。彼女、むかしから須藤くんのこと大好きだったから」
「いやいやいや、それはないでしょう。あいつの場合、好きとかそういうのじゃなくって、なんていうか、いつもわがままを聞いてくれる便利な幼なじみ、みたいな……」
「だからバカなのよ男子って。女の子の気持ちが全然分かってない」
最近いろんなやつからバカバカ言われるけど、おれってそんなにバカなんだろうか。ちょっと悲しくなる。
「あの子はね、思ってることがすぐ表情に出ちゃうから、とても分かりやすいのよ。須藤くんとの仲をからかったりするとすぐ赤くなっちゃうし、須藤くんのことをちょっとでも悪く言おうものならムキになって反論してくるし……クラスの全員が知ってたよ、キーの気持ち。気づいてないの、たぶん須藤くんだけだと思う」
そこまで一気に言うと、前川さんはフッと息をついてちょっと哀しげな表情になった。
「でも今となってはもうどうでもいいよね、そんなこと。だってキーは、野球部の中里くんと付き合ってるわけだし」
うん、とうなずくしかなかった。
「キーは、須藤くんにとって本当に恋愛の対象ではなかった?」
これには首をかしげるしかない。マジ分かんないよ。ずっと友だちの感覚でいたけど、いざほかの男のカノジョになっちゃうと、胸に焼けつくような想いがジリジリと込みあげてくる。自分自身、その感情に戸惑っているところなのだ。
「あのね、須藤くん。キーが須藤くんにとってどういう存在だったか外野であるわたしにはよく分からないけど、でもキーのこと少しでも大切に思ってるなら、二人のこと応援してあげて欲しいの。うわべだけじゃなく、心の底から、ちゃんとよ」
難しい注文だった。理屈では分かっていても、心が納得しない。ことあるごとに仲の良さを見せつけられ(本人たちにその気はないにせよ)おれのイライラは頂点に達していた。なんとか二人を見返してやりたいと、ずっとそればかり考えていたのだ。
でもこうやって前川さんにきっちり叱ってもらって、おれの単純なオツムもだいぶ冷えてきた。ずいぶん色んなことが空回りしちゃってたんだなと、ようやく気づく。このままじゃダメだと思った。おれもなんとか気持ちを切り替えて、まえへ進まなくちゃ……。
「……わかった。そうする」
真摯な気持ちでうなずいた。それから前川さんにきっちり向きなおり、深くあたまを下げた。
「今日はごめん。そしてありがとう。なんだか心が軽くなった気がするよ」
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