〇九

 キヨシの髪型は、よく昭和期の漫画なんかに出てくるような、おかっぱ。前髪は眉の少しうえあたり、後ろ髪はちょうど襟足の高さで、定規で引いたように真っすぐ切りそろえてある。

 じつは彼女は、髪の毛を母親に切ってもらっていた。

 子供のころからイスにじっと座っていられないキヨシは、理容店へ行くのをイヤがった。また理容師のほうでも、つねに落ち着きなく動きまわる彼女をもて余した。結果としてキヨシの髪はおばさんが切ることとなり、調髪の素人である彼女が唯一まともにできる髪型がおかっぱだったというわけ。

 そのキヨシの髪型に変化があった。

 ファッションに疎いおれには、どこがどう変わったのか具体的に説明することができなかったが、ヘアスタイルに詳しい飯島によると、襟足から横髪へ向かって徐々に長くなるよう角度がつけてあるのだそうだ。毛先もやんわりとカールさせてあるらしい。

「あれは美容院へ行ってやってもらったな。恋するひとのために少しでもキレイになりたいという乙女心」

 いちいち余計なことを言うやつだ。

「目立たないようにアイメイクもしてあるぞ。ほら、ちょっとキツい目をしていたのが、今はアイライナーで目尻を下げて、優しい印象の顔つきに変わってるだろう。眉も細く描き直してるし、睫毛はちゃんとカールさせてある」

 実際キヨシは、クラスのなかで少しずつ目立ちはじめていた。垢抜けない髪型とムダに強い目力のせいで今まで注目されなかっただけで、もともとすっきりと整った顔立ちをしている。下地が良いから、ちょっと手を加えるだけで見違えるような美少女へと変身してしまう。ときどきクラスの男どもがハッとしたようにキヨシを振り返ることがある。こいつ、こんなに可愛かったっけ? と不思議そうに首をひねる。そしてそんなときはお約束のようにおれのほうへ視線を移し、見てはいけないものを見てしまったようにあわてて目を逸らす。露骨に哀れみの表情を向けてくるやつもいる。

 じつに腹立たしい。

 なによりおれをイラつかせたのは、キヨシが中里へ向けるときの笑顔。いかにも幸せいっぱいといった感じの、妙に女の子オンナノコしたあの笑顔だ。あいつと出会ってからもう十年以上になるが、一度だっておれにあんな笑顔を向けてくれたことはない。

 キヨシが髪にあの星のヘアピンを差していないことも引っかかる。紛失したと言っていたが、じつはもう見つけてあって机の引き出しにでも放り込んであるんじゃないのか。おれに関係するものは、残らず封印してしまうつもりで……。

 親に定期券を買ってもらったらしく、あれからキヨシは自転車で登校してこない。バスに乗る時間を中里としめし合わせているようで、一緒にバスから降りてくるところをよく見かけた。教室ではキヨシとは、ほとんど口をきいていない。どうも向こうのほうでおれを避けているふしがあり、話しかけようにもまったくタイミングがつかめないのだ。

 いくら恋人ができたからといって、ずっとつるんできた幼なじみをこうまで邪険にあつかうことないんじゃないのか? おれ、なにかあいつを怒らせるようなことしたっけ?


 駐輪場から自分の自転車を引っぱり出す。ひとりで帰るのにもようやく慣れてきた。北風がピューピュー吹きすさぶこの時期になると自転車で通学する生徒はめっきり少なくなり、学校の敷地の隅っこにある屋根付きの駐輪場は今日もスカスカだ。手袋をはめて自転車にまたがる。必死にペダルを漕いでるうちに汗をかくからマフラーは巻かない。まず勢いをつけて通用口のまえの段差を乗り越える。そこから花壇のあいだを突っ切って、その先に停められていた配送業者のトラックを迂回しようとしたところで、キヨシたちと鉢合わせになってしまった。

 まったく想定外の出来ごとだった。キヨシは一瞬ギョッとしたように立ちすくみ、それから親の仇にでも出会ったようにおれを睨みつけてきた。敏感になにかを察したらしい中里も、こっちへ視線を向ける。今から練習があるらしく彼はユニフォーム姿だ。おれはどうリアクションしていいのか分からず、とりあえずゆっくりまえに向きなおり、そ知らぬ顔でベダルを漕ぎつづけた。

 冷んやりと澄んだ秋の空気に、奇妙な緊張がみなぎった。

 二人の横を通り過ぎる瞬間、チラッとキヨシのほうを盗み見た。

 わざとらしく中里の腕にしがみついて、こっちを横目に勝ち誇ったような笑みを浮かべてやがる。

 心臓がギュッと縮んだような気がした。

 なんなんだよこいつ。

 マジで泣きたくなった。

 すれ違うときに、なにか憎まれ口のひとつでもたたいてやれば良かったと後悔する。

 ちくしょう覚えてろよ、今にギャフンと言わせてやるからなァ。


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