〇八
「やっちまったなあ、ダイスケ」
四時限目の授業が終わったあと、陸上部の飯島が渋い顔で寄ってきて、おれの肩にポンと手を乗せた。
「瀬戸と野球部の中里が付き合うことになったって話、今や学校じゅうの噂になってるぜ」
「べつに、驚くことでもないさ」
おれは、つとめて気のない素振りをみせた。
「なんたって、二人のあいだを取り持ったのは、このおれなんだからな」
「え、それマジかよ」
「マジも大マジ。昨日、中里から預かった手紙をキヨシに渡してやったんだ」
「バカだなあ、ほんとバカだよなあ、おまえってやつは……」
飯島は心底あきれたような顔でため息をついた。おれはついムッとして肩に乗っていた手を振り払った。
「そんなにバカバカ言うなよ。てか、おれのどこがバカだっていうんだ?」
「そもそも、自分のバカさ加減に気づいてないところがバカだというんだ」
「なんだよそれ」
「まあ、そのうちイヤってほど思い知るさ。おまえにとって一番大切なものが、なんだったのかをな――」
「フン、勝手に言ってろ」
思わせぶりなセリフを言いたがるのは、こいつの昔からのクセだ。
でも今はその言葉がチクチクと胸に刺さった。
昨日ラブレターを渡してやったとき、あんなにふてぶてしい態度を取っていたくせに、キヨシは今朝学校へ着くなり中里のところへ行って、あっさり承諾の返事をしてきたらしい。しかも登校してきた生徒でごった返す正面玄関でだ。当然その場面は多くの生徒に目撃され、噂はたちどころに学校じゅうへと広まっていった。
なんなんだよあいつは?
あんなにイヤそうな顔してたくせに、ちゃっかりOKしやがって。しかも教室へ戻ってきたときの、あの夢見るような目つき。ホントわけ分かんねえし。いやべつに、おれが憤ることじゃないんだけどな、そうだよな、お膳立てしてやったのはこのおれなんだし。でも、うん、そうじゃないんだ。じゃあ、なにが気に食わない? 感謝……そう、それだよ。色々と骨を折ってやったのに、ぜんぜん感謝されないってことに腹を立てているんだ。ダイスケありがとう、こんな素敵なひとを紹介してくれて。くらいの言葉があって然るべきじゃないのか? いや違うか? ちょっと違う気もするな。じゃあなんだろう、この胸のモヤモヤ……。
その日から、キヨシと中里のツーショットをよく見かけるようになった。
朝、一緒にバスから降りてくるところ。
休み時間、廊下の壁にもたれ楽しそうにおしゃべりする二人。
学生食堂で、向かい合ってハンバーガーをかじっているときもある。
部活が始まるまでのわずかな合間に、二人寄り添って中庭を歩いていたりする。
いい感じでラブラブじゃん。でも気をつけろよ中里、キヨシはそんな、おまえが思ってるような可愛らしい女じゃないんだからな。
ガキのころの記憶を必死でたぐり寄せる。
野良犬に石を投げつけておいて、おれを置き去りにさっさと逃げ出すキヨシ。
音楽の授業で使うソプラノリコーダーで、チャンバラを挑んでくるキヨシ。
イジメっ子の上級生と取っ組み合いのケンカになって、鼻血を出しながら喚いてるキヨシ。
イタズラ好きでやんちゃなキヨシ、ガサツでお転婆なキヨシ、ケンカっ早くて絶対に泣かないキヨシ、キヨシ、キヨシ……。あたまのなかに、ありったけの可愛くないキヨシを思い浮かべてやる。
でも、そんなおれの幼稚でささやかな抵抗に反して、現実のキヨシはどんどんキレイになっていった。
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