十一
十二月に入ると、街はいよいよクリスマスの活気を見せ始める。ショーウィンドウに飾られたリボン付きの箱、サンタクロース、絶え間なく鳴りつづけるクリスマス・ソング。
そんなうわついた空気が流れ込んでくるのか、学校のなかも妙にソワソワしていた。三年は受験待ったなしの状態だけれど、二年だとまだ進路指導に呼ばれてあーだこーだ言われてる段階。なので期末試験さえ乗り切ってしまえば、あとはもう冬休みを待つばかりだ。クリスマスへ向けて、なんとなくカップルっぽいのが出来あがっていたり、パーティーの計画なんかが地下で進行していたりする。
キヨシとは、たまに話をするようになった。
おれに妙なわだかまりがなくなったのを感じ取ったのか、ときどき向こうから話しかけてくる。といっても以前のようにじゃれ合うことはなく、二言か三言だけの短い会話だけれど。星のヘアピンはブラウスと一緒に洗濯してしまい、飾り部分が壊れてしまったのだそうだ。自転車のパンクはまだ修理してないらしい。おたがい中里に関する話題には一切触れなかった。
野球部は、春の選抜へ向けて大幅なポジションの入れ替えがあった。佐伯は外野手として念願のレギュラー入りを果たした。中里は変わらずエースピッチャーの座を守っていたが、キャッチャーが二年のやつと交代したせいで少し苦戦してるという。
ときどき、防球ネットのわきにたたずみ野球部の練習をじっと見守るキヨシの後ろ姿を見かけた。ピンク色のダウンジャケットを着込んで、長いマフラーをグルグル巻きにして、それでも寒そうに身を縮めて、ひとりポツンと立っている。
こうやって眺めると、あいつも女の子なんだなってつくづく実感する。案外可愛いじゃんなんて素直に思えたりする。
――山は遠くから眺めて初めてその美しさが分かる。
うん、分かるよ。今ならその言葉に込められた意味、すっごく理解できる。
もっと早くに気づいていればなんて未練たらしい思いがないわけじゃない。けど今はもういいって感じ。前川さんに叱られたとき、おれは見てしまったんだ。ずっと目を背けていた、自分の心のなかにある醜いアレやコレやを。マジ情けないと思ったよ。それですっかり改心して、あれ以来キヨシたちの幸せそうな様子を見ても、心がザワつくことはなくなった。お似合いじゃんって、なんか一歩引いた位置から達観できるようになった。だからホント、応援するよ、心からさ――。
終業式まであと一週間と迫った、ある日。
白い息を吐きながら例によって駐輪場にとめてある自転車を引っ張り出していると、不意に後ろから声をかけられた。
「あの」
ちょっと甲高く聞こえる、男子の声。なんだろうと振り向いて、思わず仰け反った。そこにユニフォーム姿の中里が立っていたから。
「あ、ごめん、急に声かけたりして、驚かせちゃったかな?」
「……いや、平気だけど」
「ここを通りかかったら偶然君を見かけてさ、そしたらちょっと話がしてみたくなって……。迷惑かな?」
まだ声変わりし切ってない少年みたいな、ツンと鼻の奥へ抜ける感じの声。中里ってこんな声してたんだ。すごく意外――。
「迷惑っていうか……ここ寒くない? 立ち話するような場所じゃないと思うんだけど」
「じゃあ食堂へ行かないか。自販機でなにか飲みものでもおごるからさ」
「練習はいいのか?」
「今日は連盟の会合があるとかで、監督も顧問もいないんだ。だからちょっとくらいサボっても平気」
「ふうん……」
「ほら、行こう行こう」
中里は先に立って大股でズンズン歩き出した。一度もこっちを振り返ろうとはしない。おれがちゃんと付いてくるものと信じて疑わない様子だ。こうなってくると無視するわけにもいかず、おれはしぶしぶ自転車を元の場所へ戻した。大丈夫かな? まさか決闘になったりしないよね? おれって、じつはケンカめちゃ弱かったりして……。
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