〇三

 なんとか遅刻せずに済んだ。おれの献身的とも言えるガンバリのおかげだ。両足の筋肉がパンパンになったけど、今日は体育の授業もないから大丈夫だろう。キヨシは、なにごともなかったように周りの友達とおしゃべりしている。そのボーイッシュともいえる横顔を見て、ちょっと思った。

 やっぱ星のヘアピン差してないと、あいつらしくないな。

 小学校の向かいにある駄菓子屋で売っていた、一個百二十円のヘアピン。

 選んだのは、おれだ。

 といっても彼女へプレゼントするために買ったわけじゃない。

 子供のころ町内主催のクリスマス会というのがあって、毎年おれもキヨシと連れ立って参加していた。町内会の行事なので、たいしたことをするわけじゃない。聖書にまつわる物語を聴いて、キャロルを歌って、お菓子を食べて、プレゼントの交換をする。星のヘアピンは、参加した子供たちの手から手へと一巡して、偶然キヨシのところで止まった。

 なんだコレ?

 あ、ちくしょうキヨシのところへいきやがった。

 へえ、コレあんたが選んだやつなんだ。

 そうだよ、どうだキレイだろ。

 フン、まあまあのセンスだね。

 なんだよう、気に食わないならこっちへ寄こせっ。

 いやだよーん、これはもうあたしのもんだ。 

 あれ以来、ずっと星のヘアピンを髪に差している。もうあいつのトレードマークといっていい。そこまで気に入ってもらえたのならチョイスした身としては光栄の至りだが、もう高校生なんだからあんなガキっぽいのじゃなく、もっと年相応のアクセサリーを身に付ければいいのにと思う。

「おう、ダイスケ」

 おれの肩がポンと叩かれた。

「おまえ今朝、瀬戸と二人乗りして来たろう」

 陸上部の飯島だった。朝練を終えたばかりのようで、汗のにおいがムンムンする。

「相変わらず仲が良いよな。でもおまえらって、べつに付き合ってるわけじゃないんだろう? 俺そこんとこが、いまいちよく分かんなくてよ。そもそもおまえと瀬戸って、どういう関係なわけ?」

「良くいえば幼なじみ、悪くいえば腐れ縁ってやつ。家が隣りどうしだから、仕方なく一緒に登校してやってんの」

「ふうん、でもふつうに考えて、ここまで行動をともにするならもうカノジョにしちまうだろう。おまえらの仲はみんなも公認なんだし、それに瀬戸、最近ちょっと可愛くなったって男子のあいだで注目されてるぞ」

「ウソでしょ。あれが可愛いだなんて、冗談はやめてくれ」

「おまえ、そうやって余裕こいてると、そのうち幼なじみをだれかに取られちまうぞ。それでもいいのか?」

「上等だね。そんな物好きがいたら、のしを付けて進呈してやるよ」

「あのさあ……」

 飯島は、ちょっとあきれたように眉を寄せた。

「山は遠くから眺めて初めてその美しさが分かるって知ってるか?」

「なんだよソレ?」

「あんまり身近にあると、本当の価値が見えなくなるってことだ」

「はいはい、ご忠告ありがとうございます」

「言っとくけどな――」

「おっと、ガチャピンが来たぜ」

 担任の教諭が入ってきて「起立っ」の号令がかかり、話はそこで終わった。


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