〇二

 キヨシがこの町に越してきたのは、おれが小学二年のとき。

 ある日学校から帰ってみると、しばらく空き家だった隣りの一戸建てに引越し屋のトラックが横付けされていた。

「ママ、ママ、となりの家にだれか入るみたいだよっ」

 ランドセルを放り出して家のなかへ駆け込むと、キッチンで片づけものをしていた母は、洋菓子店の包みをおれに見せながら言った。

「さっきご挨拶にいらしたから知ってるわ。ホラこれ、千疋屋のゼリーですって。ちゃんと手洗いうがいを済ませてからいただきなさい」

「今はいい、後で食べる」

「そうそう、あんたと同い年のお子さんがいるそうよ。良かったわね、仲良くしてあげるのよ」

「知ィらない」

 千疋屋の包みから想像して、お行儀の良いモヤシっ子に違いないぞと思った。部屋にこもってゲームばかりしてるようなデクノボウ。公園へ誘ったらついて来るかな? もしサッカーやるなら、みんなに紹介してあげてもいいけど。

 同い年のお子さんに少し興味をおぼえたおれは、ふたたびスニーカを突っかけて外へ出た。テーブル、ソファー、洋服箪笥、トラックから次々と荷物が運び出されてゆく。そんな様子をぼんやり眺めていると、不意に背後から声をかけられた。

「――ちょっと、あんた」

 驚いて振り向くと、目のクリクリしたいかにも生意気そうな男の子(そのときは男子だと信じて疑わなかった)がキッとこちらを睨みつけていた。

「あんた、この家の子?」

「え、うん、そうだけど」

「緑山小学校?」

「うん」

「何年生?」

「二年」

「ふうん……」

 また五秒ほどおれを睨んでから、その子は挑むような口調で言った。

「あんたさ、キックボードに乗れる?」

「えっ」

 急になにを言い出すのかと思ったが、一応うなずいてみせた。

「うん、乗れるけど」

「自転車の立ち漕ぎは」

「できるよ」

「じゃあさ、サッカーボールでリフティング何回できる?」

「リフティング? ええと、十回くらいかな」

「へえ、じゃあさ、なわ跳びで片足跳びできる?」

「たぶん、できると思う」

「じゃあさ、じゃあさ、ヨーヨーの前方パスは? あと鉄棒で逆上がり」

「そんなの全部できるに決まってるだろ」

「やるねえ。じゃあ、レアポケモンはなに持ってる?」

「今度はポケモンかよ。ええと、キバゴの色違いとか」

「うん、いいね。あんた、なかなかいいセンスしてるよ」

 不敵な目でさらにおれの顔を五秒ほど凝視したあと、その子は初めて笑顔になった。

「よし決めた。今日からあんたを、あたしの家来にしてやるよっ」

「はあ?」

 それが、おれとキヨシの出会いだった。


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