第六章 アストリートの歩む道

74. ささやかな宴

 アストリート様の火傷痕がなくなって屋敷はお祭り騒ぎだった。

 それだけアストリート様が心配されていたっていうことだね。

 公爵様も私とシシ、お母さんに何度もお礼を言い、お母さんは宴を開くから参加していってほしいと懇願された。

 お母さんは人の世とあまり関わりたくはないみたいだけど、「娘たちがいるなら」ということで参加していくことを決めたみたい。

 ただ、お母さんも野菜や果物しか食べないことを伝えると、大急ぎで厨房へと指示を出していたね。

 フラッシュリンクスって肉食獣っぽく見えるから、なにかのお肉を用意しようとしていたのかも。

 見た目って大事だよね。

 お母さんは呆れていたけど。


「それでは。我が娘、アストリートの治療を行ってくださったフラッシュリンクス様に乾杯!」


「「「乾杯!」」」


 宴は日が落ちる前から始められた。

 私とシシ、それからお母さんの前には色とりどりの野菜や果物が並べられている。

 見たことがない物もあるから、結構奮発してくれたのかも。

 お母さんも人の作る作物は珍しいから味わって食べているしね。

 こんなお母さん初めて見るかも。


「おう、ノヴァ。それにフラッシュリンクス様。アストリートの治療をしてくださりありがとうございます」


 お母さんと一緒に食事を楽しんでいたらアーテルさんがやってきた。

 アーテルさんも今回の治療ではすごく心配していたものね。


『あら、あなたは……確かフルートリオンにいた戦士よね?』


「覚えていてくださり光栄です。俺はアーテル、家を出た身ではありますがアストリートの兄になります」


『そうなの? 魂の輝きはまったく異なる色をしているけれど』


「魂の輝きというのがなにを指すかわかりませんが、アストリートとは腹違い、母親違いの兄妹となります」


『なるほど、それで』


「ええ。ですが、アストリートは俺の妹なのは変わりありません。治療をしてくださり、本当にありがとうございました」


『気にしなくてもいいのよ。聖獣が人の世に深く関わるべきではないのだけど、かわいい娘の我が儘だから付き合ってあげたまで。それに、きれいな色の瞳をしていたしね』


「瞳の色、ですか?」


『ええ。とても曇りのない澄んだ色よ。あのまま濁ることなく暮らしていてもらいたいわね』


「俺にはよくわかりませんが、妹には健やかに暮らしてもらいたいと願っています。いままで苦労していた分、これから幸せであってもらいたい」


『あら。あなたもあの子の兄なのね。私の息子や娘たちがノヴァに言っていたことと同じことを言っているわ』


「それでしたら嬉しいですね」


 イチニィたちってばそんなことを言っていたんだ。

 私は十分に幸せなのに。

 でも、イチニィたちはやっぱり心配なんだろうな。

 フルートリオンの衛兵さんが、たまに遠くの空で火の玉のような物が飛んでいるのを見かけたって言ってるもん。

 絶対、イチニィたちのうちの誰かだよ。

 二年前、大変な事になったからまだ心配なんだね。

 ありがたいな。


「おお、フラッシュリンクス様。ごあいさつが遅れました」


『あら、ケウギーヌだったかしら。アストリートはどうしたの?』


「いま部屋で支度をさせている最中でございます。部屋にこもりきりでいたために痩せ細っており、顔も前髪で隠していたため切りそろえねばなりません。身支度にはもう少々お時間をいただければと」


『そう、わかったわ。それにしても、子供の顔を焼き潰すだなんてひどい人もいるものね。ああ、ノヴァも四歳の頃、森の中に捨てられていたところを助けたのだから、身勝手でひどい人間はどこにでもいるのかしら?』


 お母さんってば言葉が冷たい。

 公爵様も冷や汗を流しているじゃない。

 もう少し優しい言葉をかけてあげてもいいと思うんだけどなぁ。


『それにしてもこの街もやはりヒト族の街ね。光り輝く表の顔と影で覆われた闇の顔が混じり合っているわ。それが人のサガなのかしら?』


 うん?

 どういう意味だろう?

 公爵様はもっと顔色を悪くしているしあまりいい意味でもないようだね。


『まあ、いいわ。娘を変なことに巻き込むのでなければ特別なにもしないから』


「変なこと?」


『ノヴァは気にしなくてもいいのよ。あなたにはまだ早い話だから』


 むう、お母さんが子供扱いする。

 でも、お母さんから見れば私は子供だから仕方がないよね。

 お母さんからは急いで大人になってもいいことはないって言われたから急がないけど、やっぱり早く大人になりたいかな。

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