73. 白炎が導く世界
★☆★アストリート
突然、錬金術士のノヴァ様から部屋を出る勇気を問われました。
どういう意味かわからず聞いてみると、聖獣フラッシュリンクスであるノヴァ様のお母様を呼ぶのにこの部屋では困るらしいのです。
そうですね、聖獣様を呼ぶのにお部屋の中というのも失礼な話ですね。
「ノヴァ様、そのお母様にお願いすれば私の顔は治るのでしょうか?」
「お母さんが治療してくれるなら治ります! ただ、お母さんもなるべく人の世には関わりたくないみたいなので保証はできません」
なるほど。
聖獣様は気難しい性格をしていると本にも書かれていました。
それに、十数年前にあったという他国での聖獣様との戦争。
あの時はたった一匹の聖獣様相手に大国ひとつの軍が壊滅させられ、軍部が滅んだのを確認した聖獣様がどこかへと消え去ったことで戦争が終結したと聞きます。
でも、その国は既に戦力を再建するだけの余力もなく、近隣諸国からの侵略を受け滅んだと聞きました。
聖獣様とはそれほどまでに強く、気難しい存在です。
私の傷の治療のためだけに来てもらうなんて許されるかどうか。
「やっぱり、お部屋を出ることは怖いですよね」
私が考え込んでいるとノヴァ様からそう言われてしまいました。
部屋から出ることを怖がっていると思われてしまったらしいです。
それは違うと伝え、聖獣様相手に治療を頼むだなんておこがましいと伝えたら、「お母さんなら大丈夫です!」と答えられてしまいます。
私はどうするべきか。
試されているのは私の勇気。
でも、ひょっとすると家を傾ける原因にもなりかねない。
私はお父様にもそれを確認したが、「アストリートの好きにしなさい」と言われました。
どうしよう。
顔の傷痕は治してもらいたい。
でも、聖獣様に治療していただくのは……ううん、部屋の外に出るのは怖い。
私の部屋は改築されており、食事も睡眠もすべてこの部屋の中だけでとることができました。
正確には、廊下とつながる扉の前に別の部屋を置くことで、そこに部屋の中には置けない設備を置いてもらったのです。
その囲いを自ら飛び出すのは恐ろしい。
でも、これを逃せば顔の傷を治していただける機会はないかもしれない。
決めました。
私は自らの足で私を守ってくれていた部屋を抜け出します。
そこに広がっていたのはもう十年近くも見ていない屋敷の廊下。
ああ、こんなところも変わっていたんですね。
そのあと、私は周囲をメイドや女性騎士たちに守られながら屋敷の中庭へとたどり着いきました。
どうやらここにフラッシュリンクスのお母様を呼んでくれるらしいです。
ノヴァ様はそのバッグから呼び笛を取り出すと、空に向かって勢いよく吹きました。
その笛はただ風が吹き抜ける音を発するばかりで、音を鳴らしません。
でも、どこか透き通った音のように感じます
そのような音に聴き惚れていると、空から火の玉が降ってきました。
火の玉は爆発することなく地上から少し浮いたところで止まり、その炎が消え去ると中から翼を持つ二メートルくらいの山猫が姿を現します。
なんて大きくてたくましい姿なんだろう。
このお方がフラッシュリンクスのお母様なんでしょうか。
屋敷の中庭に飛来したフラッシュリンクス様が地上に降り立つと、ノヴァ様とシシ様が駆け寄って行ってその胸元に飛び込みました。
フラッシュリンクス様も嫌な顔ひとつせずそれを受け止め、優しい顔でふたりを見つめ返しています。
やっぱりあのお方がノヴァ様とシシ様のお母様なんだ。
ふたりはひとしきり甘えた後、フラッシュリンクス様になにかを話をしました。
するとフラッシュリンクス様は鋭い瞳でこちらを見つめてきます。
きっと私が治療するに相応しいか見定めているよう。
私も気圧されずに、可能な限りしっかりとしたたたずまいを崩さずにフラッシュリンクス様を見つめ返します。
すると、フラッシュリンクス様が力を抜いて表情を柔らげ、こちらに歩いて近づいてきました。
『ごめんなさい。娘が我が儘を言い出したものだから、その相手がどんな者だか知りたくなったの』
「い、いえ。それで、私はどうだったのでしょうか、フラッシュリンクス様」
『そうね。少し痩せ衰えているけど一般的な人間の少女かしら。ただ、魂の輝きは気に入ったわ。あなたの治療、引き受けてあげる』
「本当でございますか!」
『ええ。だから、替えの服を用意しなさい。あと、殿方の視線を遮るための天幕もね』
フラッシュリンクス様のお言葉の意味がよくわかりませんが、お父様はなにか意味があるのだろうと考えられ、私の替えの服と天幕を大急ぎで用意させました。
そしてそれらが調うと、フラッシュリンクス様は天幕を中庭の中に張らせて視線を遮るように覆い隠し、その中に私とフラッシュリンクス様、ノヴァ様とシシ様だけが残ります。
これからなにが始まるのでしょう?
『さて、それではあなたを再生の白炎で焼いてあげるわ。その顔の火傷痕も含め、体の悪いところはすべて焼き払ってあげる』
「本当ですか!?」
『ええ、本当よ。ただ、私の炎は強すぎるから服も焼いてしまうのよ。だから替えの服も用意させたの。ノヴァにはドレスの着付けは難しいだろうから、結局他の人にも手伝ってもらうことになるけれど、それは覚悟してね』
なるほど、そういう意味だったですか。
でも、この醜い顔が治るのであれば全裸になるくらいどうということはありません。
私は早速始めていただきました。
すると、私の足元から白い火の粉が舞い上がり始め、数瞬後には白い炎の柱となり私の視界を覆い尽くします。
それが数秒間続いたところで白い炎は消え去り、視界も戻りました。
でも、目の前がまだチカチカするような。
「すっごい! さすがお母さん、きれいに治ってる!」
『このくらいはね。ノヴァ、手鏡を貸してあげなさい』
「あ、うん! はい、アストリート様!」
私はノヴァ様から手鏡を借り自分の顔を写してます。
すると、そこには火傷の痕がまったくない顔が映し出されていました。
もう十年近く見ていなかった、火傷のない、私の顔が!
「う、う、うわぁぁぁぁん!」
私は思わず泣いてしまいました。
私の顔が元に戻る日が来るだなんて思いもしなかった。
ずっとこのままだと思っていた。
でも、そんなのただの悪夢だったんですね。
ノヴァ様とフラッシュリンクス様に深い感謝を捧げなければ。
でも、いまはもうしばらく泣き止みそうにない。
申し訳ありません、もうしばらくお待ちいただけますでしょうか?
私の悪夢を消し去ってくれた聖者様方。
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