72. 再生の白炎

 とりあえず少しだけだけど火傷の痕はなくなった。

 そのことを伝えたら、アストリート様は大喜びでほかの場所もやってほしいと告げてきたよ。

 でも、それはなんとか公爵様の手で押しとどめられる。

 さすがに、顔中の痕を治すために顔中の皮を剥ぐのは気が引ける、というか間違いな気がするからね。

 さて、どうしたものか。

 公爵様も困り果てて私に聞いてくる。


「ノヴァよ。もう少し穏やかな方法で再生する方法はないのか?」


「穏やかな方法ですか? どちらにせよ、一度火傷痕のある皮膚の除去が必要だということがわかってしまいました。そうなると、皮膚を剥ぐなり溶かすなりしないと……」


「つまり、どちらにしてもアストリートを傷つけずに癒す方法はないと」


「はい。申し訳ありません、力不足で」


「いや、光が見えただけよい。しかし、どうしたものか」


 このままじゃ、アストリート様が自分で自分の顔を傷つける可能性だってある。

 どうしようか?


「にゃう!」


 私たちが悩んでいるとシシが私の頭の高さまで飛んできて声をかけてきた。

 なにかあったのかな?


「どうしたの、シシ?」


「にゃう! にゃうにゃう!」


「え、でも、そんなことしたらシシがすっごく疲れちゃうよ?」


「にゃうん!」


「シシがしたいっていうなら私は止めないけれど……」


 うーん、シシじゃ完全には治せないと思うんだけど、やる気みたいだしどうしたものか。

 でも、公爵様の許可も必要だよね。


「公爵様、申し訳ありません。シシが治療の手伝いをしたいそうです」


「聖獣様が? 一体どうして?」


「私が困っているのを見て力を貸したくなったと。でも、シシでも完全に治療しきることはできません。どうしますか?」


「……少しはよくなるのか?」


「はい、間違いなく。アストリート様には少し怖い思いをさせるかもしれませんが」


 公爵様は少し考え、アストリート様に話を振った。

 この値量もアストリート様の判断に委ねるようだ。

 アストリート様からは「少しでも火傷の痕が消えるなら」と力強くお願いされたよ。

 大丈夫だよね、シシ?


「ノヴァ様、どのような治療を行うのでしょうか?」


「シシの神炎で傷痕を焼き払います」


「え?」


「シシは炎の聖獣なんです。その力をフル活用すれば再生の炎を出すこともできます。それを使って傷痕を少しでも焼き払います」


「それは……大丈夫なんですよね?」


「大丈夫です。ただ、シシはまだ子供で長時間神炎を出し続けることができません。シシの神炎が消える前に、少しでも顔の傷痕を焼き払ってください」


「わ、わかりました。恐ろしいですけどやってみます」


「はい。シシも準備はいい?」


「にゃう!」


 アストリート様にも立ち上がっていただき、シシはその顔と同じ高さまで浮かび上がる。

 高さの調節を終えるとシシは震えだし、その体から白い火の粉が舞い上がり始めた。

 その火の粉は舞い上がると同時に消え去り延焼することはない。

 私も魔力をシシに渡して頑張ってもらっているけど、なかなか炎までは行かないみたい。

 シシ、あとちょっとだから頑張って!


「にゃおうん!」


「できた!」


「え!? 白い炎!?」


 シシの体から神炎が、再生の白炎が立ち上った。

 その炎は部屋の中を優しい白の光で照らしだしている。

 でも、すぐに消えそう!


「アストリート様! 早く治療を!」


「は、はい!」


 アストリート様は恐る恐る近づき、その炎が熱さを持たないことを確認すると一気に顔を近づけた。

 でも、シシの炎も勢いを失ってしまい、アストリート様の顔を焼けたのは数秒間のみ。

 どれだけ治療ができたんだろう?


「あの、もう終わりですか?」


「はい。シシも私も魔力がほとんど残っていません。これ以上炎を出そうとしても普通の炎になってしまいます」


「そう、ですか。私の顔はどうなっているでしょうか?」


「では、拝見させていただきますね」


 私はアストリート様の前髪をかき分け、そのお顔を確認させていただいた。

 その皮膚からは火傷の痕がかなり消えており、一部はすっかりよくなっている。

 ただそんなことよりも気になったのは……。


「きれいな瞳……」


「え?」


「あ、申し訳ありません。顔ですが火傷の痕は大分よくなっています。一部は完全に消え去りました。ただ、神炎で傷を焼く時間が短かったので……」


「完全には消えませんでしたか」


「申し訳ありません。これがいまの私とシシの精一杯です」


「いえ。ノヴァ様、手鏡などはお持ちではありませんか? 自分の顔の状態を確認しとうございます」


「いいのですか?」


「はい。ノヴァ様がよくなったという顔の状態、自分の目でも確かめねば」


「では、こちらになります」


 私はマジックバッグをあさり、中から手鏡をとりだした。

 アストリート様はそれを受け取ると、若干震えながら自分の顔を映し出した。

 当然だよね。

 ずっと自分の顔を見ないで生きてきたんだもの、いきなり見るのは怖いよね。


「……これがいまの私の顔」


「はい。ここまでしか治療できませんでした」


「い、いえ! ここまで治療ができるなんて素晴らしいです! さすがは聖獣様です!」


 アストリート様は急にテンションが上がり、私とシシを抱きしめてきた。

 シシは少し窮屈そうな顔をしているけど、ちょっとだけ我慢してね。


「あ、申し訳ありません。私ってばはしたない真似を」


「いえ。それだけ嬉しかったんですよね」


「はい。とても。……その、厚かましいお願いになりますが、追加の治療は受けられるでしょうか?」


 追加の治療か。

 困ったな。

 シシも神炎をほとんど使い切っちゃったからしばらく貯めなくちゃいけない。

 私が魔力を送り続けて貯め込んでも十年以上は貯め込まないと、いざというときの蓄えがなくなっちゃうよ。

 さて、どうしたものか。


「ノヴァ様?」


「うーん。普通に待つと十年以上先になるんです。それだと遅いですよね?」


「十年.十年程度でいいのですか?」


「え?」


「私がこの顔で苦しみを背負ってからももうすぐ十年です。あと十年くらいなら待ってみせますとも!」


 うわぁ。

 アストリート様って心も強いんだ。

 ……よし、ちょっとだけ裏技を使ってみよう。


「アストリート様、この部屋を出る勇気はありますか?」


「え?」


「アストリート様の治療ができないかお母さんにお願いしてみます。断られたら本当に十年待ってもらわなくちゃいけませんが、お母さんが治療してくれるならすぐにでも治ります!」

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