71. 令嬢の治療

 結局、いい火傷の治療薬はできなかった。

 新しい種類の薬はできたけど、今回ほしい薬じゃなかったんだよね。

 はあ、どうしよう。


「ノヴァよ、大丈夫か?」


 私が困った顔をしていたからだろう、公爵様から声をかけられてしまった。

 公爵様にとっても今回の治療は最後の望みになるらしい。

 私も万全の体制で挑みたいところだけど、いまの状況で挑むしかないかな。


「申し訳ありません。昨日できたお薬も、火傷の痕を改善できるようなお薬ではなかったもので」


「いや、気にするな。私にとってこれも重要なことだが、新しい薬ができたということも重要だ。後ほどモーリーたちと情報を共有してはもらえぬか?」


「よろこんで承ります」


 私たちが話をしている間も足は止まらず進み続け、やがて軽装の騎士とメイドさんがドアの前で見張りをしている部屋へと着いた。

 ここがアストリート様のいるお部屋。


「ケウギーヌだ、アストリートはどうしている?」


「はい。本日、錬金術師様の治療を受けるということで少し落ち着かないご様子でした。それ以外、体調などに異変はありません」


「そうか。ノヴァよ、聞いての通りアストリートの体調に異変はないようだ。治療を任せてもいいか?」


「はい。できる限りのことをさせていただきます」


 私は気を引き締めて開けられたドアをくぐり室内へと入る。

 室内は薄いカーテンで日が遮られており薄暗い。

 でも、かび臭い匂いはしないから、しっかり掃除が行き届いていることがよくわかる。

 そして、問題のアストリート様は……あの方かな?

 紺色のドレスを身にまとい、髪を長く伸ばした女性。

 髪の色は赤みがかった金髪。

 アーテルさんは完全に赤なんだけどどうしてだろう?

 そう言えば、公爵様も赤い髪の色なのにね。

 表情は前髪に隠されていて見えないけれど、なんとなくこちらの出方をうかがっているようにも見えた。

 どうしようか?


「アストリート、今日の話は聞いているな」


「はい、お父様。錬金術士の方が私の傷痕を治せないか見てくださると」


「そうだ。その錬金術士だが、ここにいる少女、ノヴァになる」


「……本当ですか? そのような少女が?」


「本当だ。錬金術士としての腕前だけではなく、町医者レベルであれば医者としてやっていくだけの知識もあるとモーリーも太鼓判を押していた。それだけ医術に詳しい少女だ」


「それは……ノヴァ様、見た目で侮ってしまい、申し訳ありませんでした」


 アストリート様に謝られてしまった。

 確かに見た目は子供だから侮られても仕方がないよね。


「あ、いえ。気にしないでください。私はまだ十歳で、見た目はまだまだ子供ですから」


「それで、アストリートよ。治療を受けてくれるな?」


「はい。よろしくお願いいたします、ノヴァ様」


「ノヴァもよろしく頼んだ」


「はい。では、失礼いたします」


 私はアストリート様のもとにそっと近寄り、前髪で隠されているお顔を拝見させていただいた。

 すると、そこにはおびただしいまでの火傷痕が残されている。

 子供の頃につけられた火傷の痕だっていうし、こんなことをしたメイドさんってなにを考えていたの!


「あの……醜いですよね、私の顔」


「あ、いえ。傷痕を確かめていただけです。まじまじと見てしまってごめんなさい」


「いえ、私の方こそ見苦しいものをお目にかけてしまい申し訳ありません。それで、治療はどのような方針で行いますか?」


「はい。お薬を何種類か塗ってみます。それが効けば火傷痕がなくなるはずです」


「つまり、効かなければ火傷痕はそのままだと」


 う、答えにくいことを聞かれてしまった。

 どう答えよう。


「申し訳ありません、意地悪な質問でしたね」


「い、いえ。こちらも効かないなんてことがないように最善を尽くしますので!」


「はい。よろしくお願いいたします」


 そして、治療が始まったんだけど、どのお薬を試しても効果が現れない。

 再生薬を塗ったところは少しだけ火傷痕が薄まるんだけど、少し消えるだけで全部は消えてくれないんだよね。

 公爵様にもご確認いただいて効果が出ていることは認めていただいたんだけど、これじゃあ治療とは言えないよ。


「……やはりダメでしたか」


「申し訳ありません。火傷痕が少し薄くなる程度までしか治療できませんでした」


「いえ。少しでも薄くなったのでしたら大きな差です。でも、消えはしないんですよね」


 うーん、試していない治療方法もあるにはあるんだけど、さすがにお貴族様に怪我をさせるわけにはいかないからね。

 私がなにも言い出せずにまごついていると、それを察したのかアストリート様から「なにか隠し事をしておりませんか?」と聞かれてしまった。

 仕方がない、正直に答えよう。


「ひとつだけ試していない治療方法があります。火傷の痕が残っている皮膚を剥ぎ、再生薬で再生する方法です。これならあるいは……」


「皮を剥ぐ……それで治る見込みがあると!?」


「あくまで見込みだけです。痛い思いをするだけかも」


「構いません! 試してみてください!」


 ええ……。

 どうしよう。

 公爵様を振り向いても困った顔をしているしどうしたものか。


「お願いいたします! 早く試してください!」


「その、公爵様?」


「ああ。アストリートよ、ノヴァが錬金術士で医師とは言え貴族の体に傷をつける、それも顔に傷をつけるなどあってはならぬ行為だ。命を救うためならば許されるだろうが、いまはそういう状況でもない。ここは……」


「私にとっては命をつなぎ止めるのに相応しい状況です! お父様、ご許可を!」


「うう……」


 公爵様もアストリート様の勢いに押されてタジタジだ。

 結局、「顔の端、少しだけを公爵様が剃る」ということで決着がついた。

 私も責任重大だ。

 公爵様がナイフで皮膚を傷つける前に、切り取る周囲の皮膚を麻痺毒で痺れさせ痛覚を遮断してから少し皮を剥いでもらった。

 そして、そこへすかさず再生薬を塗る。

 すると、再生した皮膚は火傷痕のある皮膚ではなく、きれいな状態の皮膚だった。


 これを見た公爵様はさらに困惑の度合いを深めてしまった。

 そうだよね、完全に治療するには娘の顔の皮をすべて剥ぎ取る必要があるんだもの。

 どうにかならないものかな……。

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