第五章 深窓の令嬢

68. グラシアノからの依頼

 公爵様は自分の領地に住んでいる貴族たちに報せを出し、会議を開くと伝えたようだ。

 主題はもちろんユーシュリア医師ギルドのこと。

 決定事項を伝えるだけにはなるが、それでも伝えておく必要はあるらしいからね。

 うん、連絡って大事。


 さて、私とアーテルさんだが、いまは基本的に暇をしている。

 私はローレンさんと一緒に薬草のスケッチをしているし、アーテルさんは騎士団の人たちと一緒に訓練をしたり冒険者ギルドで日帰りできる討伐依頼を受けたりしているそうだ。

 要するに、もうこの屋敷に留まっている理由は無くなりつつあるんだよね。

 公爵様からはグラシアノ様の様子を見るためにも一カ月間は留まってほしいと言われているのでそうするけれど、あまり心配もなさそう。

 朝と晩はモーリーさんが念のため問診をしているらしいし、心配はいらないね。


 そんなある日、私たちはグラシアノ様に呼び出された。

 具合が悪くなったとかではなく相談したいことがあるらしいのだけど、一体なんの用だろう。

 私はシシとアーテルさんを伴い、応接室でグラシアノ様と面会した。


「今日はご足労をかけて申し訳ありません。なにやら父が新しいことを始めるとかで忙しいようですのに」


 グラシアノ様が申し訳なさそうに話し出した。

 でも、本当に忙しいのは私から薬草についての指摘を受けながら絵を描いているローレンさんなんだよね。


「いえ、忙しいのは私ではありませんので。それよりもどうしたんですか?」


「はい。ノヴァ様は特別なお薬も持っていると聞きました。それはどの程度の効果を発揮しますか?」


 その言葉に思わずアーテルさんへと振り返ってしまう。

 アーテルさんも慌てて首を振っているし、情報の出所はアーテルさんじゃないみたい。

 じゃあ、どこから再生薬の情報が漏れたんだろう。

 あれってフルートリオン冒険者ギルドでも治療の場に立ち会った人と冒険者ギルドマスターしか知らない情報のはずなのに。

 さて、どう答えるべきか……。


「ああ、申し訳ありません。警戒させてしまいましたね。実は、この話は父から聞いていたのです」


「父……ユーシュリア公爵様ですか?」


「はい。フルートリオンでもその薬を知っているのは一部の冒険者ギルド関係者とのことですが、父も調べがついていたんです。場合によっては、私の治療に使うかもしれないからと」


 公爵様って再生薬のことまで調べていたんだ。

 ちょっと油断していたかも。

 ミカさんにも帰ったらこの話はしないとダメだなぁ。

 ほかにも漏れているかもしれないし。


「それで、どの程度の効果があるのでしょうか? 火傷の痕なども治せますか?」


 火傷の痕?

 どうしてそんなことを聞くんだろう?

 火傷の痕くらいなら治せそうだけど。


「グラシアノ様、火傷の痕というのは」


 私が答えようとしたところを遮ってアーテルさんがグラシアノ様に話しかけた。

 一体、火傷の痕になにがあるの?


「アーテルお兄様はご存じですよね。アストリートお姉様のことです」


「やはり。ノヴァ、この治療は断れ」


「アーテルさん?」


「父さんからの指示なら話を聞いてもいいだろう。だが、末っ子のグラシアノ様からの依頼というのが気がかりだ。この依頼、聞かなかったことにしろ」


「ええと……グラシアノ様?」


「……申し訳ございません。僕の考えが足りませんでした。確かに、僕からのお願いで姉を治療してほしいというのはなにかあると勘ぐられても仕方がありませんよね。あとで父と相談してみます。今日はありがとうございました」


 そう言ってグラシアノ様は立ち上がり応接室を出ていってしまった。

 一体どういうことだろう?

 アストリートお姉様って誰?

 わからないことだらけだけど、いまは黙って私たちも応接室から出ていこう。

 このあとアーテルさんからきっちり聞きだすけど!

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