58. 医学普及の壁

 モーリーさんの講義を一週間ほど受けてみたけど、彼の講義はとってもわかりやすくてためになる。

 反面、薬草の種類を載せた本の不正確さが仇となってしまい、せっかくの講義も間違っていることがしばしばあった。

 実際、モーリーさんの講義で例示された薬草らしきものを私が持っているから出してあげたら、モーリーさんは別の薬草だと勘違いしていたみたいなんだよね。

 でも、薬草の特徴と錬金術士である私の知識を信じてくれたモーリーさんはこちらの方が正しい薬草だろうと言ってくれた。

 モーリーさんは柔軟な考え方もできるすごい人なんだ。

 だからこそ、本の不正確さが惜しい。

 なんとかできないかな?


「本の不正確さか。そればかりはどうにもできないだろうなぁ」


 モーリーさんも同じことを考えているだろうからアーテルさんに相談してみたけど、結果は芳しくない。

 どうしてだろう?


「ノヴァ、本ってどうやってできていると思う?」


「本ですか? 誰かが書いているんじゃないでしょうか」


「そうだ。本は誰かが書かなければこの世には存在しない。そして、それを売るには基本的に誰かが書いた本を写本して売るんだよ。このとき出来上がる本が写本、元の本が原本さ」


 写本と原本、よし、覚えた。


「原本を書き移すだけなら……まあ、その文字をきれいに書ける奴なら誰でもできるだろう。それにも多大な労力を要するがな。問題は絵の方だ。絵を描くにはセンスがいる。誰でも描けるもんじゃないのさ」


 なるほど、絵は誰にでも描けるわけじゃないものね。

 私も昔から練習しているから最近は上手くなってきているけれど、それだって初めから上手だったわけじゃないもん。

 それに絵はその人の個性が出るから薬草の特徴がきっちり出るかどうかもわからないらしい。

 それだけ医学書のような本が普及するのは難しいそうだ。

 なんとかできないかなぁ。


 翌日、モーリーさんにも同じことを質問してみたけど、答えは一緒。

 やっぱり医学書の普及にネックなのは絵なんだって。

 これをなんとかできれば一気に普及できるかもしれないんだけど、なかなかそうはいかないらしい。

 いい方法ってないものかな?


「ふむ。ノヴァ様はなぜそこまで医学の普及にこだわる? 私としても普及はしたいのだが、あなたがそこまで頭を悩ませるものでもないだろう」


「あ、それはですね。錬金術のお薬じゃなくて普通の薬草を使って作ったお薬なら街の外の人にも売れるんじゃないかと思って」


「街の外?」


「はい。私の錬金術で作ったお薬って基本的にフルートリオンの街の中でしか売れないし使えないんですよ。でも、ここ最近は近くの村や街からも私の噂を聞きつけて薬を買いに来る人がいて。そういう人たちには錬金術のお薬は売れません。なら、街にお医者様がいればそちらをご案内できるかなと思って」


「しかしそれではあなたの店の売り上げも減るのではないか?」


「私の雑貨店の売り上げが多少悪くなっても構いません。やりたいことはたくさんの人たちにお薬を届けることです」


 そこまで言ったら、モーリーさんは感心したように深くうなずいてくれた。

 そして、続けてこう言ってくれたよ。


「その考えは素晴らしい。だが、問題はどうやって医者を増やすかだな」


「そこですよね。ああ、なにかいい知恵はないかな」


 私とモーリーさん、それにアーテルさんも加わっていろいろと話をしてみたけどやっぱりいい知恵はなし。

 お医者様を増やすのって難しいね。

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