30. 冒険者ギルドは大量販売先なんだけど……

 わたしとシシは冒険者ギルドのドアを開けてなかに入って行く。

 すぐにわたしに向かって視線が飛んでくるけど、わたしだとわかるとみんな安心したのか別の方を向いてしまう。

 わたしももう通い慣れたんだなぁ。

 最初の頃は入り口で追い返されそうに何度もなっていたもん。

 さて、そんな事よりミカさんから注文をとらなくちゃ。


「ミカさん、こんにちは」


「あ、ノヴァちゃん! 丁度いいところに!」


「……またお薬が切れたんですか?」


「いや、まぁ、その、ええと」


「傷薬なら薬草も幅広く使えますからたくさん作れますけど限度はありますよ? 毎週100個ずつ売っているじゃないですか」


「そうなんですが。ほら、冒険者さんって怪我が治るとわかると無理しがちで……」


「それで治せなくなっていたら意味がないです!」


「いや、私もそう思うのですが……」


 んもう、冒険者さんって本当に怪我してばかりいる。

 アーテルさんやヴェルクさんからは「怪我をするのも仕事のうち」って聞いているけど、絶対無駄な怪我をしているよね。

 お薬で治るからってそんな事をしていたら取り返しのつかない事になるんだから。


「ノヴァちゃん、今日はお薬を持って来ていませんか?」


「傷薬ならありますよ。いくつ必要ですか?」


「とりあえず二十ほどあれば今日は持ちます!」


「二十で半日ですか?」


「みゃ~う……」


「ああ、そんなに冷たい目で見ないで!?」


 冒険者さんのお仕事は理解しているつもりだけど、怪我しすぎじゃないかなぁ。

 スピカさんの雑貨店でも少量なら販売しているのに、それが足りないだなんてどうしているんだろう?

 数が少ないから他の人に売ったってお金稼ぎにはならないだろうし、どうしたものか。


「とりあえず傷薬二十個です。代金をください」


「はい! ええと、これであってますよね?」


「うんと……はい、あっています。そんなに忙しいんですか?」


「救護室がいっぱいになる前に帰ってもらわないと! あ、ノヴァちゃんは帰らないで待っていてくださいね! 追加の傷薬を発注したいので!」


 それだけ言うと、ミカさんは傷薬の入った袋を持って救護室のある廊下へと走っていった。

 そんなに人が多いのかな?

 ……大丈夫なのかな?


「ん? ノヴァの嬢ちゃんじゃないか。どうしたのだ、このようなところで」


「あ、ヴェルクさん」


 受付カウンターでミカさんを待っていたら先にヴェルクさんがやってきた。

 冒険者ギルドに来るようになったあと詳しく話を聞いたんだけど、ヴェルクさんってこの冒険者ギルドでは一番実力があるリーダーさんなんだって。

 歳もまだドワーフとしては若い方で現役時代が長く続けられそうだから、このまま街の守りについているつもりらしい。

 他の街に行かないのか聞いた事はあるんだけど、行く気はないみたいだね。

 ヴェルクさんがこの街に残ってくれていて冒険者ギルドを統率してくれている限り、この街は安心だってミカさんも言ってた。

 本当に頼りになる人みたい。


「どうした? またミカから薬の追加発注か?」


「えっと、はい」


「またか。この街の冒険者どもめ。ノヴァの嬢ちゃんの傷薬があるからと言って無理をするようになってきたのではないか?」


「わたしもそんな気がします」


「すぐ治る薬があるからといって油断しているようでは、一流の冒険者になどなれないというのに。まったく」


 ヴェルクさんって口は悪いけど、実際はこの街の冒険者さんみんなの事を心配しているってわかる。

 冒険者さんは街と街の間を商人さんの護衛で旅をする事もあるらしいけど、その時持って行ける治療薬はわずか。

 もちろん、途中や目的地に着いたとき、帰り道などでは補充できない。

 それも含めてヴェルクさんは冒険者さんたちに、普段から怪我をする事のないように注意をして歩いているみたいだけどあまり効果が上がっていないみたいだね。

 大変なお仕事だなぁ、まとめ役っていうのも。


「そう言えば、スピカ婆さんの店に行けば嬢ちゃんの薬も買えるんだったな。ひとり何個売っている?」


「え? ひとり一日傷薬が二個、毒消し薬が二個、麻痺消し薬が一個ですよ」


「なるほど。それを少しでも浮かせようと考えている連中もいるな」


「そうなんですか? ギルドで治療する場合はわたしから傷薬を買うときの倍以上高いって聞きましたよ?」


「値段が高くとも、いざというときの薬を温存できるということはそれだけ大きいということだ。まったく、悪知恵の効く」


「あはは……」


「にゃふぅ」


 お薬の販売個数はユーシュリア公爵って人とも決めているから、冒険者さんには多く売れない。

 街の人たちだって傷薬は一家に三つまでだからね。

 そこは我慢してもらわなくちゃ。

 でも、そうやってわたしの傷薬を貯め込む人にはどうすればいいんだろう?

 そもそも一日ひとり二個って制限だって毎日来れば二個ずつ買えちゃうもんね。

 どうやって制限すればいいのかな?


「ん? ノヴァの嬢ちゃん、薬の売り方でも考えていたか?」


「はい。どうすれば上手に制限できるのかなって」


「はっはっは。諦めろ。嬢ちゃんが一人前の錬金術士でも、まだ六歳だろう? やはり大人の方が悪知恵は効く。難しい事は大人にぶん投げてしまえばいい」


 むう、また子供扱いして。

 わたしは一人前の錬金術士なのに。


「そんな事より、ノヴァの嬢ちゃん。こんな薬は作れないか?」


「どんなお薬ですか?」


「あのな……」


 ヴェルクさんに頼まれたお薬は、あらかじめ武器に塗っておいてそれで敵に切りつけたとき、切断面を焼いてしまうというお薬だった。

 考え方としては理解できるんだけど、いまのわたしじゃ無理かな。

 素材がいろいろと足りない気がするし、毒薬の類いだから作りたくない。

 そう伝えたらヴェルクさんも「それならば仕方がない」って折れてくれたよ。

 ただ、武器に魔法属性を添付できるような薬は何かほしいみたい。

 普通に切ったり突いたり殴ったりしただけじゃ元通りになる魔物も出るんだって。

 そういうときは魔術師の出番になるんだけど、フルートリオンの街には魔術師も少ないらしくってなかなか上手く行かないようだ。

 あまり気乗りはしないけれど、考えてみようかな。

 でも、どんな方法があるだろう?


「あ、ノヴァちゃん。と、ヴェルクさん……」


 わたしがなにかいい方法がないか考えているとミカさんが戻ってきたみたい。

 でも、ヴェルクさんがいる事に気がついて、少し声が暗くなったね。


「ミカさん」


「ミカの嬢ちゃん。俺が一緒だと何か困るのか?」


「ああ、いえ、その……」


「この街の冒険者どもが救護室をやたらと使っている、そうだな」


「は、はい」


「それに伴ってノヴァの嬢ちゃんにたくさんの傷薬も発注しているよな?」


「その……はい」


「傷薬を使う事が悪いとはいわないが、さすがに腐抜けてきていないか、フルートリオンの冒険者どもは」


「いやあ、一受付嬢の私からは何も言えません」


「まったく。傷薬の使用制限をかけたらどうだ?」


「うーん、私の判断ではどうにも」


「俺がそう言っていたって上の連中に伝えろ。そうすれば考えるだろ」


「はい。わかりました。で、ノヴァちゃん。傷薬の追加ですが」


「はい。いくつですか?」


 冒険者ギルドからの傷薬追加発注は諦めた。

 うん、そう考えよう。

 ミカさんから追加発注の個数を聞いているとギルドのドアが乱暴に開かれ、何人かの男の人と女の人が運び込まれていった。

 なにがあったんだろう?


「ノヴァ! よかった、ここにいたか!」


「アーテルさん? なにか用ですか?」


「森で新人冒険者がシャークウルフにやられちまった。助かるなら助けてやってほしい。頼めるか?」


 うーん、治療の依頼なら引き受けるけど、わたしも治療についてはあまり詳しくないからなぁ。

 お薬の知識があるだけなのにいいのかな?

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