31. 特別なお薬での治療になります
わたしたちは怪我をした冒険者さんたちが運び込まれた救護室へ向かう。
すると、その中では男女五人の冒険者さんが治療を受けていた。
装備も服も血まみれだし、手足がなにかで削り取られたかのようにボロボロになっている人たちもいる。
どんな魔物と戦ったんだろう?
「アーテルさん、この人たちって一体?」
「ん? ああ、こいつらはみんな八級冒険者、つまり新人冒険者って奴だな。そいつらが少し森の奥に踏み込んだところでシャークウルフに出くわしたらしい。運のない事にな」
「しゃーくうるふ?」
「ノヴァは知らないか。口の中が何枚もの牙になっていて、噛みつくとなかなか離してくれない魔物だ。しかも、がっちり食い込んだら体をひねって肉を引きちぎろうともする。その結果が、ほれ、そこの少女だ」
「うわ……」
アーテルさんが指さした女の人は腕の肉が一部なくなっていて骨が見えていた。
こんな残酷な魔物もいるんだね。
「それで、ノヴァ。治療は可能か?」
「えっと、わたしの見立てでいいんですか?」
「ああ。それでいい。助かりそうなら助けてやってくれ」
「じゃあ……男の人ふたりと腕の骨が見えている女の人は多分助かりません。出血が多すぎます。残りのふたりなら助かるかも」
「本当か!?」
「はい。ただ、普段の傷薬では足りないので別のお薬を使います」
「別の薬? どんな物だ?」
「今、出しますね。これとこれです」
わたしはバッグの中から水色の液体と赤い液体をとりだした。
アーテルさんを初めとした三人は興味深げにまじまじと見ている。
「ノヴァ、これは?」
「増血剤と再生薬です。ただ、これってもう作れないんですよ」
「もう作れない? なんでだ?」
「素材が足りないんです。素材を探しに行って見つけないといけません。あとは、お母さんの巣に戻るか」
「もう作れない薬。さて、どうしたものか」
あれ?
さっきまで治療してほしいって言っていたアーテルさんが考え込んじゃった。
治療するなら早くしてあげて方がいいのにどうするんだろう?
「ミカ、ヴェルクさん。どう考える?」
「私の意見ではちょっと……」
「今ここで死なせてやった方が楽かもしれんな」
あれれ?
なんだか助けない方向に話が進んじゃってる。
助けるんじゃなかったの?
「ノヴァ。その素材っていうのはこの街の近くで採取できそうか?」
「ちょっとわかりません。お母さんの巣では薬草園で栽培していましたが、元は凍った大地に咲いていた花と燃える岩があった場所の草ですから」
「……恐ろしく高価だな」
「俺たちが採りに行くのを手伝うなんて話ではなくなったな」
「アーテルさん? ヴェルクさん?」
あれ、結局どうした方がいいのかな?
早く決めないと手遅れになっちゃう。
「アーテルさん、ヴェルクさん。ひとまず助けてはいかがでしょう」
「ミカ?」
「支払いはどうするのだ。こやつらの持ち金で払えるような金額ではないぞ」
「そこは借金奴隷に落ちてもらいます。おふたりともまだ若いですし、傷跡さえ残らなければやっていけるでしょう」
「厳しいな、ミカ」
「さすがは冒険者ギルドの受付だ」
「なんとでも言ってください。ノヴァちゃん、治療をお願いします」
「いいの? しゃっきんどれいって?」
「ノヴァちゃんが気にする事ではないですよ。さあ、早く」
「う、うん。ええと、まずはこっちの赤いお薬を傷口に流し込んで……」
赤いお薬は増血剤。
傷口に流し込むと血が増えて体が楽になるの。
効果は……うん、ばっちり出てる!
「顔色が一気に良くなったな」
「さすがは普段の傷薬とは比較にならない秘蔵の薬というわけか」
「アーテルさん? ヴェルクさん?」
「ああ、すまない、ノヴァ」
「俺たちの事は気にせず続けてくれ」
「はい。次は青いお薬を……」
青いお薬は再生薬。
これを使うと傷口から肉が一気に塞がっていって傷痕がなにもない状態に戻るの。
どっちも作るのが難しいお薬であまり数がないけれど、持ちだしてきて良かったな。
「……本当にすごいですね。あれだけの重症が傷痕ひとつ残さずきれいさっぱり治りました」
「すごいでしょ、ミカさん!」
「本当にすごいですね。ちなみに、ノヴァちゃん。いまのお薬ってあとどれくらいあるんですか?」
「あと? ええと、増血剤が十五個、再生薬が十四個だけど……どうかしましたか?」
「わかりました。それでは今回の治療費をお支払いいたしますのでギルドの個室に行きましょうか」
「え? いいですけど、個室?」
「はい。個室です。ヴェルクさんとアーテルさんは」
「このふたりが目覚めたときの見張りだな」
「あまり気が進まないが買って出るよ」
「よろしくお願いいたします。じゃあ、ノヴァちゃん、行きましょう」
「あ、うん」
いままでの傷薬代って受付で渡されていたんだけどな。
今回はどうしたんだろう?
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
★☆★アーテル
ノヴァたちは行っちまったな。
ノヴァにはまだ汚いところを見せたくないし仕方がないか。
それにしても残り二十本もない薬だったとは驚きだぜ。
ギルドは対価としていくらを提示するのやら。
「ヴェルクさん、アーテルさん。こちらの三人はどうしましょう?」
「まだ息があるのか?」
「はい、微かにですがあります」
「ノヴァから鎮静薬を買っていたな。あれを使って眠らせてやれ。ノヴァが治療不可と判断した以上、この街で助ける事は不可能だ。それならば少しでも苦しみを和らげてやるべきだろう」
「わかりました。……出来る事が増えた分、助ける事が出来ないのは悔しいですね」
「耐えろ。出来る事を増やしたノヴァが無理と判断したのだ。助けるには相当な治療費がかかる。そちらの娘ふたりとてこの先は地獄だ。安らかに眠らせてやれ」
「はい。そうします」
ヴェルクさんもギルドの救護員も辛そうだ。
いままでだったら全員助かる見込みなしとして死なせてやっていた。
だが、いまはノヴァという錬金術士の存在により生かせる可能性が出てきている。
それならば生かしてやるべき、そう考えるのが人情だ。
しかし、今回は素直に死なせてやった方が慈悲深かったのではないだろうか?
そんな疑問も湧いてくるぜ。
「う、ううん……」
お、眠っていた少女のうちひとりが目を覚ましたようだ。
さて、どういう反応を示すか……。
「あ、あれ? ここって……ギルドの救護室? 私たち助かったの!?」
「落ち着け。まだ命が助かっただけだ」
「あ、はい、すみません。あなたが助けてくれたんですか?」
「助けたのは他のパーティだ。俺はアーテル。お前の名前は?」
「はい。ライムといいます」
「歳は? どこ出身だ?」
「年齢は十三歳。こことは違う農村出身です」
「……という事は金もないか」
「はい?」
まあ、冒険者タグをみれば八級冒険者だってのはわかる。
八級冒険者に回される仕事なんて街の近場の魔物退治がいいところ。
それ以外は薬草採取などだが、この街では薬草の価値が一気に下落してしまった。
冒険者が知っている〝普通〟の薬草を使わないノヴァの存在でな。
それに、ノヴァはスピカ婆さんの雑貨店の裏庭に立派な薬草園を築きあげている。
冒険者に追加で薬草を依頼する事なんてないだろう。
まして、ノヴァの求める〝薬草〟がどんな草なのか冒険者には想像も付かないしな。
「ん……ここは?」
「あ、グイア! 目が覚めたの?」
「ライム! ここって、冒険者ギルドの救護室。私たち助かったのね!」
「うん、うん。私たち助かったんだよ!」
目の前の少女ふたりは喜んでいるがまだ現実が見えていないな。
どうしたものか。
「おい、ライムにグイアと言ったか。静かにしろ。残りの三人が起きてしまう」
「あ、すみません。ヴェルクさん、でしたよね」
「ああ、ヴェルクだ。お前たちふたりの命は助かった」
「ふたり? そっちの三人は?」
「薬で眠らせたがもう助からん。助けられないと判断された」
「え?」
「そんな!? 助けられないんですか!?」
ライムという少女が身を起こしヴェルクさんに詰め寄ろうとするが、まだベッドから起き上がるには辛かったらしい。
途中で勢いを失い、倒れ込んでしまった。
「ああ、助けられん。そして、お前たちふたりも〝命が助かった〟だけだ」
「それって、どういう意味でしょうか?」
「お前たちの治療には特別な薬を使った。数も少なく補充の見込みもない薬だ。いま冒険者ギルドが錬金術士と値段交渉をしているはずだが決して安くはないだろう。お前たちにはその薬代を支払う義務がある」
「そ、そんな。私たち、そんなにたくさんのお金は……」
「支払えなければ借金奴隷落ちだ。相当な額の借金になる。軽い労働を選んでいては開放されるまで数十年かかるぞ? もちろん、買い手もそんな生やさしい真似は許さないだろうがな」
ヴェルクさんの非情な宣告に少女ふたりは完全に怯えてしまった。
だが、冒険者とは何が起こるかわからず、何が起こっても自己責任の世界。
助かった事を喜んだのだからその責任もとらなければならない。
やはり、そのまま死なせてあげた方が幸せだったのかもしれないな。
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