14. 旅立ちの日

『そろそろノヴァが私たちの家族になって二年が経つわ』


「うん、そうだね。お母さんに助けられてからもう少しで二年かも」


 お母さんに助けられたのが二年前の冬が終わる頃。

 いまは春が始まる少し前。

 うん、やっぱり二年だ。


『そうね。それでノヴァも六歳になるのよね?』


「そうだね。前の人たちが嘘を言っていなかったら六歳のはずだよ」


 前の人たち。

 つまり、わたしを捨てた人たちだ。

 あの人たちはわたしが四歳になったから祝福を受けさせたらしいので、いまは六歳になる頃のはず。

 うん、間違っていないよね。


『ノヴァ、あなたも六歳になるなら巣立ちのときよ。ここから出て行く準備をしなさい』


「え?」


『待ってください、お母様! ノヴァはヒト族です! 聖獣の基準で物事を考えるのはいかがなものかと』


『大丈夫よ。ノヴァにはもう一人前と呼べるだけの技術を身につけさせたわ。錬金術を初め、各種魔術に身体能力の上げ方、食べられる木の実の見つけ方などもね』


『でも……』


『それに、ノヴァを巣立ちさせないとあなた方が甘やかし続けるでしょう?』


『うっ、それは……』


 そうなの。

 お兄さんお姉さんたちはわたしにとっても甘いんだ。

 採取に行くとき一緒に来てもらうのは仕方がないけれど、昔は錬金術を使うときも常に側にいたし、寝るときだって誰かが側にいた。

 最近だとわたしとシシだけだけど、みんな結構わたしのことを構いたがるんだよね。


『そういうわけなので、ノヴァはひとり立ちさせます。シシも一緒についていくことになるけど構わないわよね?』


「にゃおん!」


 あ、いまのもわかった。

 当たり前、って言ってる。

 シシはやっぱり頼りになる相棒かな。


「ふふ、ありがとう」


「にゃおう」


 いまのは、どういたしまして、かな。

 シシの事もよくわかるようになってきた。


『さて、具体的な巣立ちの日だけど、一カ月後にしましょう。それまでにいろいろと準備をしないと』


「準備?」


『あなたは炎翼族とはいえヒト族なのよ。ヒト族の街で暮らしていくことになるのに、聖獣の暮らし方のままでいいわけがないでしょう?』


「あ、そっか」


 そうだ、わたしは巣立った後、ヒト族の街で暮らすんだった。

 ……あれ、ヒトってどうやって暮らしているんだっけ?


『とりあえず、服の着替えは必要ね。あなたの着ている服は私が特別に作った服だから汚れないけれど、本当ならヒト族は着替えて過ごすのだから』


「あ、そうだった」


『あと、食べ物も必要ね。もっとも、これは普段食べている果実の内、ヒト族にとって害のない物を選んでマジックバッグに入れておけばいいのだけど』


「マジックバッグって時間経過もしないからね」


『それから、薬類は持っているとして錬金釜も忘れずに持っていきなさい。普通の釜で錬金術を使う方法はわからないのだからあの釜は必須よ』


「はい、お母さん」


『それから……』


 そのあともお母さんによる旅立ちに必要な物の数え上げは続き、それが終わったら今度はイチニィたちが必要そうな物を次々と教えてくれた。

 中には必要じゃない物もあったけれどみんなが心配してくれているのは嬉しいな。

 それと、お母さんが錬金術に詳しい聖獣さんに布の作り方を聞いてきてくれた。

 布を作るには糸素材を使って錬金術を使えばいいんだって。

 試しにわたしの羽毛で作ってみたらうまくできた。

 ただ、お母さんから、わたしの羽毛の布は上質すぎて危険なので街では売らないようにと注意されてしまった。

 わたしの羽毛なら無制限に使えたんだけどな。

 ちょっと残念。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



 あれこれ準備している間に一カ月は過ぎてしまった。

 今日、わたしとシシはお母さんたちの巣から旅立つことになる。

 錬金術の素材になる草花や着替え、食料に錬金釜もちゃんと持ったし準備万端。

 空も晴れ渡っていていい日和だ。


『ノヴァ、それがこれから行くことになる国の貨幣よ。なくさないようにしまっておいてね』


「うん。それにしてもすごくたくさんあるね? 魔力で身体強化しているのにまだ重いよ」


『多くて困ることはないでしょう。あなたにはマジックバッグもあるから持ち運びも困らないわけだし』


 お母さんがくれたこれから行くことになっている国のお金。

 それはわたしが抱えきれないくらい大きな袋にぎっしりと詰まっていた。

 わたしじゃお金の数え方がわからないからどれくらい入っているのかわからないけど、多分たくさんのお金があるんだろう。

 これらのお金はわたしの薬でお母さんが人助けをして回っていたとき、対価として集めてきていた物らしい。

 お母さんもそれらのお金がどれくらいの価値があるのかわかっていないらしいので数え方は誰も知らない。

 とにかく、ヒトの世界ではお金が大切らしいから全部もっていくことになった。

 お母さんやお兄さんお姉さんたちは使わないしね。


『それから笛もきちんと持ったわね?』


「持ったよ。これを吹けばお母さんたちが来てくれるんだよね?」


『ええ。巣立ちを迎えたとは言ってもまだまだ危なっかしいもの。ずっと傍にはいてあげられないけれど、その笛を吹いたときは様子を見に行ってあげるわ』


『私も様子を見に行こう。達者で暮らせよ』


『私もよ。炎翼族が多少のことで怪我や病気にかかることはないとは言っても無茶はしないでね』


『俺もだ。笛を吹かなくてもときどき様子を見に行くかも知れないけどな』


「ありがとう、みんな」


「にゃうーん!」


 みんないい家族だ。

 わたしたちのことを心配してくれているんだね。

 でも大丈夫。

 わたしだって巣立ちの歳を迎えたんだから、立派にひとり立ちしてみせる!


『別れもそろそろ済ませたわね。ノヴァ、シシ、私の上に乗りなさい。目的の街まで連れて行ってあげるわ』


「うん! ありがとう、お母さん!」


「にゃおうん!」


 わたしとシシはお母さんの背中に乗って空へと旅だった。

 これから行く街はどんなところなんだろう?

 ワクワクしちゃうな!

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