第4話 学園一の才媛は貧乏くじを引くようです

「それじゃあ出席番号順にクジを引いてってね〜。」

 昼休憩の終わった四限目。家庭科の教師の指示でどんどん班決めのクジを引いていく。このクラスには三十二人いるため、クジの紙には1から8までの番号が4枚ずつ入っている。要は、同じ番号を引き当てた四人が同じ班になるという仕組みだ。

 順番は回っていき、やがて時雨しぐれの番になる。

(まあ結局他のメンバーが誰であっても同じでしょ。頼むから私の足が引っ張られませんように……。)

 彼女がクジを引く。小さく4つ折りに畳まれた紙を開くと、そこには「7」と書かれてあった。

 あらかじめ白板に書かれていた班ごとの集合場所に行き、彼女は愕然とした。

「……。」

「また寝てるし……。いい加減起きなさい?」

 そこには机に突っ伏して、さながら貴族のような優雅さで昼寝を決め込んでいる直生なおがいたのだ。


「ええと、それじゃあこの7班が何を作るかを決めていきたいんだけど……。何かアイデアある人いる?」

 班の全員が座ると、時雨の正面にいる長髪の男子が口火を切った。ちなみにこの班の女子は時雨のみであり、ほかの三人は皆男子である。

「私、ハンバーグがいいわ。ほら、ここにレシピも用意してきたの。」

 即座に時雨が反応し、持っていたA4の紙を配る。昨日の配信の後、夜更かしして用意したものだ。

「ハンバーグか……。まあ普通にいいと思うし、レシピも用意してくれたんなら話は早いと思うんだけど……。」

「えー……、こんなめんどくさい事やるの……?別に何の条件もないんだからもっと簡単なものでいいんじゃない?」 

 唐突に口を挟んだのは長髪の隣に座るもう一人の男。髪を茶色に染めたいかにもチャラそうな彼は投げやりな感じでそう言った。

「まあ確かに時間も限られてるから、彼の言うことにも一理あるよね。」

「確かに一見大変そうだけど、四人で分担してやれば普通に間に合うわよ。」

「ムリムリ。俺そんなに料理出来ないし。そもそも材料は誰が持ってくるんだよ。」

「材料も誰がどれを持ってくるか、今から話し合えばいいじゃない。」

「いやいや柊、お前今ハンバーグ作ること前提に話しているけど、俺まだそれにすら納得してないからな?」

 まるでお話にもならないと言うかのごとく鼻をフンと鳴らし、やれやれと首を振る彼。時雨は即座に噛み付いた。

「じゃあアナタは何を作るつもりなのよ。」

「さあ?四人でテキトーに具材持ってくりゃなんか出来るでしよ。ちょちょいってね。」

 どうやら彼は料理をナメすぎているようだ。

「アナタねぇ……。そんなんじゃ満足いく調理実習にならないわよ?それでもいいの?」

「別に?だって俺、家庭科捨ててるし。ってかそんなに言うなら柊が一人でやればいいじゃん。」

 時雨を嘲笑うかのように笑みを浮かべる彼。ここまで対立が激化するとは思ってなかったのだろう。彼の横に座っていた長髪くんも、今となっては困惑の表情を浮かべつつ、「まあまあ……、二人とも落ち着いて……。」とうわ言のように言いながら、両者を交互に見ることしか出来ない。

「ねえ関根くん。関根くんはどうなの?何か作りたいものある?」

 時雨は脅迫するかのように、話し合い開始以来ずっと沈黙を保ってきた直生に声をかける。しかし、

「別に……、俺は何でもいいよ……。特に作りたいものもないし。」

 その直生の返しを聞き、ますます得意になったチャラ男はとうとう殺し文句を口にする。

「な?誰も家庭科の調理実習なんか大事にしてないんだよ。……ったく、お前の自己満足に俺たちを巻き込むなよ……。何が【学園一の才媛】だよ。お高くとまっていい気になってんじゃねえよ。」

 その、まるで自分だけがこの世の真理を知っているかのような、偉そうな口振りにプッツン来ちゃった時雨は、

(またこうなる……。誰も私のレベルについて来れないのね。可哀想な人たち。)

 と思いながら、感情を押さえつけた声で、震えながらこう答えるのであった。

「……そうね。じゃあもういいわ。私が全部一人でやる。材料も、調理も、何もかも。だからもう……、私に口出ししないで。」

 それきり、7班のメンバーは誰一人として授業終了まで一言も発さないのであった。


 一方その頃。全く同じ教室の別のテーブルでは、既に平和裡に班での話し合いを終え、雑談に興じる二人の男女がいた。

「いやー、まさかザッキーが『パスタ作りたい』って言い出すとはね〜。」

「パスタって手軽にそこそこのクオリティ出せるからいいかなって。けど、誰がどの食材持ってくるか問題で揉めたな〜。」

「ま〜しゃーないっしょ。結局何だかんだ上手くまとまったし、問題ナシ!」

「花光の援軍がなきゃ決裂してたよ……。ホント花光ってコミュ力高いよなぁ……。」

「まーね〜。私、昔から友達多かったし?そりゃコミュ力も付くでしょ。」

「その言い方うぜえな(笑)」

「ごめんね〜。けど事実なんだ〜。」

 そこで二人は笑い合い、そして7班のテーブルを見る。

「あそこ揉めてんなー……。……ヤバくね?」

「ああ……、あそこは揉めるだろうね。だってしぐぽんちゃんと正反対のモノグサさんが二人もいるんだもん。」

 さくらはそう言い、直生を見る。

「なぁ花光。直生のことなんだが……。昔からああなのか?」

 和磨はさくらの横顔に声をかける。さくらはくるっと彼の方に顔を戻した。

「ん?それを何で私に?」

「何で、って……。そりゃあ前にお前と直生が幼なじみってことを聞いたから……。」

「うーん……。」

 さくらはしばし天井を眺めつつ考える素振りを見せ、

「私、小5の冬から高校で戻ってくるまで県外だったからその間のことは分かんないけど、それ以前のなおっちはあんな感じじゃなかったんだよね……。」

「どういうことだ?」

 和磨が重ねて聞くと、さくらは一瞬暗い顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻って答える。

「さあね。さ!この話は終わり。……ところでザッキー、その後しぐぽんちゃんとはどんな感じなの?」

「またその話かよ……。ちょっ、そんな前のめりになるなって……。」

 そんな感じで、和磨は残りの時間中ずっとさくらにイジられていた。……うん。何と言うか、本当にご愁傷さまとしか言いようがないね。


 ピッ!

 カードリーダーが電子音を立てて降車処理を済ませる。音を立てて去ってゆくバスを見送り、直生は歩き出した。

 彼が路面電車の通る大通り沿いを歩いていると、唐突にポケットの中でスマホが震える。直生が立ち止まって確認すると、母親からのメッセージが届いていた。

『ごめんナオ、今日帰るの遅くなりそう。晩御飯は冷蔵庫の中のモノ使って、適当に作っといて。』

 直生はため息をつくと、面倒くさそうに【OK】スタンプを返してスマホをしまう。

「あーダルっ。マジかよ……。ったく、今月何回目だよ……。もういっそミスドかファミチキ辺り買って帰るか……?」

 そう呟いてみてから首を振る。さすがに朝ごはんをそれで済ましているのもあって気が引けたからだ。

「はぁ……。一応スーパーも寄って帰るか……。」

 直生はスーパーへと足を向ける。そうして歩いていたが、唐突に彼は立ち止まった。その視線の先には、

「あーあ、模試の成績、また修院C判だったよ……。ツッチーは余裕でA判だったんでしょ?いいなぁ〜。」

「でも、まだこれから一年あるし分かんないよ。二人で頑張って、一緒に修院中学行こうぜ?」

「うん!俺も頑張るよ!」

 恐らくは塾帰りなのだろう。二人の男子小学生が喋りながら歩いていた。

 直生は何となくいたたまれなくなり、その場から逃げるように近くの路地に入った。

「はぁ……。何で逃げてんだ俺。クソだせぇな……。」


【追記(軽めのあとがき)】

 早くも500PV突破したようです。ありがとうございます。ぶっちゃけ大学受験と本業の動画投稿を抱えつつやっているので、いつ更新が止まるか分かりませんが、これからも是非直生と時雨の物語を見ていってください。

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学園一の才媛の横でキメる早弁は今日も美味い Y490 @sigu_yukkuri

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