第3話 学園一の才媛は夜な夜な○○するようです
「……という訳で、最後に明日の伝達です。」
ようやく6限目が終わり、帰りのHRで担任が喋っている。担任は60代そこそこのベテランであり、そのゆったりとした声によって今やクラスの大半が生ける屍と化している。
「え〜、明日の4限目。昼休憩が終わってすぐですね。家庭科の時間に調理実習の班決めとメニュー決めがあるので、何を作りたいか、頭の片隅に置いて考えておいてください。」
調理実習か……。最前列でその担任の話を聴く
(このクラスの中で一番美味しい料理を作ってみせるんだから!)
「ふあーあ……。」
その声に反応し、時雨は左を見る。すると、いつも早弁をキメるくせに授業中よく寝ている
(ふだんあれだけ早弁食べているのに、何で調理実習となるとそんなテンション低いの!?少しはやる気出しなさいよ……。)
時雨は直生をキッと睨むと、すぐに担任の方に向き直った。
「……それでは、これで帰りのHRを終わります。皆さん、また明日。」
担任の声とともに、一斉に帰宅部が大急ぎで帰り支度を始める。直生もそそくさと教室を出て行った。
「次は〜、本通り〜、本通りです。」
広島市民の足として長い間市内を走っている路面電車の車内で、時雨はスマホをチェックしていた。Twitterやインスタをチェックしているのではない。
そもそも、彼女はそれらのSNSで繋がる友達がいnーーー『身バレが嫌だし、何よりそんな事してたら勉強に支障が出る。』という考えを持っており、発信はおろか、見る専でもアカウントを作っていない。
では何を見ているのか?答えはYouTubeで活動している好きな配信者の配信アーカイブである。
……さっきの彼女の考えと矛盾してるよな!?ワイトもそう思います()
しかし、ゲーム配信は彼女の唯一の趣味であり、夜リアタイで配信に参戦できない彼女にとって、配信アーカイブの視聴は心のオアシスらしい。
「ふふっ。この人、ゲームもトークも上手いからホントにすごいと思うわ。」
それから彼女は何かに気づいたかのようにYouTubeを閉じると、カレンダーを開いた。今日は週の真ん中・水曜日である。
「あーそっか。今日は水曜だったんだ……。」
時雨はそう呟くと、スマホを閉じた。電車が本通り停留所に着いたのだ。彼女はICカードをタッチして降車し(広島の路面電車は運賃を現金かICカードで払うが、彼女は手軽なICカード払いをしている)、『広島の渋谷スクランブル交差点』と言っても過言では無いほど人の多い本通り交差点の人混みに歩いていった。
「はぁ〜……。予習・復習と問題集がやっと終わった。もう疲れた〜……。」
時雨は部屋着姿でベッドに寝転がる。時雨の部屋はいわゆる普通の部屋というやつで、ベッドの隣にある本棚には彼女の好きなジャンルの専門書や新書、『舞姫』や『蜘蛛の糸』を初めとしたありとあらゆる文豪の文庫本がずらりと並んでいる。さらに、ベッドの向かいにある机にはデスクトップPCが鎮座していた。
彼女のお腹が鳴る。
「あっ、もうこんな時間なのね……。」
六時を示す時計を見て、彼女はつぶやく。彼女の家は共働きであり、普段は帰りが遅い。ゆえに、夕飯は家族の分も含めて時雨が作っているのだ。
「うーん……。今日は何食べようかな……。食べたいものも特にないし……、」
その時、彼女の頭の中で電球が光った。
「そうだ、せっかくだから考えてた調理実習のメニューでも作ってみようっと。」
材料あるかな……、と独りごちながら彼女はキッチンへと向かった。
「まあまあ美味しそうに出来たじゃない。」
40分後。食卓には白ご飯とともにハンバーグが並んでいた。そう。これこそが彼女の考えていたメニューにしてオカズの王・みんな大好きハンバーグである。異論は認めない。
「授業では60分以内に準備して料理して食べ終わって後片付けまでしなきゃいけないんだけど……、確かあれって四人一班だし、普通に間に合うでしょ。」
彼女は食卓に座り、手を合わせて
「いただきます。」
と言うと、楽しそうに食べ始めた。はたから見たら『一人でどうしてそんなに楽しそうに食べれるんだ……。』と思うかもしれないが、あまり人付き合いが好きじゃない彼女にとっては、一人の時間が一番楽しいのだろう。
「うーん、美味し〜!」
溢れ出す肉汁に彼女は思わず顔をほころばせる。ハンバーグを一口食べ、その後すぐに白ご飯を一口放り込む。そうすると、肉汁の旨みと白ご飯の甘みが口の中で合わさって絶妙なハーモニーを奏でるのだ。
そのハーモニーはとても美しく、いかに彼女といえども逃れることは出来なかった。
「……ごちそうさまでした。」
彼女は手を合わせてそう言うと、放心状態になって天を仰いだ。
美味しかった……。いや、美味しすぎたのだ……。自分の手料理とはいえ、お母さんから直々に教わった慣れ親しんだ味付けとはいえ、やはり美味しすぎた。
しばらくそのまま天を仰いでいた彼女は、突然ハッとなって起き上がると、
「よし、絶対調理実習でこれ作ろ……。」
と、感慨深げにつぶやくのだった。
「ふぅ……、さっぱりした。やっぱりお風呂っていいな〜。」
湿った髪を肩にかけたタオルで拭きながら、彼女は自室に戻ってくる。直生や和磨が見たら、たちまち顔を真っ赤にして鼻血を出しそうな格好をしているが、ここは彼女の家なのでセーフである。
ベッドの上に置いておいたパジャマを来た彼女は時計を確認する。
「九時まで残り二十分か……。よし、準備しよっと。」
彼女はデスクトップPCの前に座り、電源を付ける。そのまま流れるようにMinecraftとGoogleChrome、ストリーミングソフトを起動した。
「オッケー。枠はもう立ててたのね。って、もう待機してくれてる人達が100人もいるわ……。この人たちのためにも早く始めなくちゃね……。」
そこから慣れた手つきでサムネを設定し、ヘッドセットを装着して手早くマイクテストを済ませると、彼女は深呼吸をした。
「よし、始めようっと。」
そうして、彼女は『配信開始』と書かれたところをクリックする。
「どうも〜。皆さんこんばんは〜。かなり早くからの待機ありがとうございます〜。」
彼女がそう言うと、
『わーしぐぽんちゃんだ! yukkri_SIG』
『こんばんはです!今日もしぐぽんさんの配信を見るために仕事頑張って終わらせてきました!! みりと』
『しぐぽん今日もかわいいね! Flower』
など、もちろんこの他有象無象たちのチャットが一気に流れていく。そう、【学園一の才媛】柊時雨とは世を忍ぶ仮の姿ーーー真の彼女の姿とは、ネットでそこそこの知名度と13万人のフォロワーを抱える大物ゲーム配信者・しぐぽんだったのだ!!
……というのはさすがに過言でありーーーいや、まあ大物ゲーム配信者であるのは事実なのだが。
彼女が配信者を始めたきっかけというのは、本当に些細なものだった。
折しも彼女が中三の時、勉強の倦怠期というものが訪れたのだ。頑張ってやろうとしても、どうも勉強に身が入らない。
とうとう、それまで圧倒的な差で他者に勝ち続けてきた定期テストで、学年二位にわずか一点差まで詰められたのである。その時、彼女は思ったという。
(やばい……。このままだと負けちゃう……。)
しかし、とはいえこれまで一回も倦怠期など経験してこなかった彼女としては、どうしていいのか分からなかった。そこで彼女は、信頼関係のあった当時の担任に相談したのである。
「……というわけで、勉強に身が入らないのですが、どうすればいいのでしょうか?」
「そうか……。ところで柊、お前なんか趣味とかあんのか?」
「……私の話聞いてました?」
口を尖らせる柊に向かって先生が次に放った言葉が、その後にしぐぽんを生んだのだ。
「ちゃんと聞いてたさ。つまりアレだろ?勉強だけをやり続けて少し疲れたんだ。……ま、確かに趣味を持っていても柊みたいに学年1位を取り続けられる訳じゃない。
それでも、勉強だけを頑張りすぎな柊が趣味に打ち込むことはリフレッシュという意味でめちゃくちゃいいと思うんだけどなぁ……?」
一見投げやりな口調で発された先生の言葉に、時雨はハッとした。
(そうか……。私、勉強だけしかやってなかったから気分が乗らなかったんだ……。)
そこから彼女はYouTubeで配信のアーカイブを見始め、瞬く間にハマった。そして好きが高じて自分でも配信をし始めたのが、しぐぽんのそもそものスタートなのだ。息抜きがてら配信を続け、その結果、今ではフォロワーが13万人もいる配信者へと成長していったのだ。
「今日はマイクラ街づくり企画第三弾、村役場を完成させようと思います。」
彼女はそう言って、マイクラのポーズ画面を解除し、プレイを始めた。はっきり言って彼女はゲームが下手では無い。いい感じに敵MOBをいなし、途中途中に流れてくるチャットを拾い、素材を集め、建築に入った。
「そういえば、今学校で一年以上隣の席に座り続けているナオって男の子がいるんですよ。いつもミスド食べてて、授業中はいつも寝てて。何考えてるか分かんないんですよね(笑)」
プレイヤーの手元を器用に動かしてブロックを積み上げながら、彼女は雑談を始める。
『うっわやべぇ奴やんw yukkri_SIG』
『そんな人が隣にいて、しぐぽんさんは大丈夫なんですか? みりと』
そんなチャットを見ながら、彼女は少し考える。大丈夫、ここでなら本音を言える。彼女は口を開いた。
「それがね、意外といい子なんですよ。というか面白いというか?(笑)
たまにからかってやったりするとその反応が可愛くて。『ああ……、私に弟がいたらこんな感じなんだろうなぁ……。』って思いながら過ごしてます(笑)」
『しぐぽんはナオのことが好きなのかな? Flower』
「え〜!違いますよ〜!そんな目で見てませんって〜!」
こうして彼女は、学校ではおくびにも出さない本音の数々をネットに向かって流し続けるのであった。
誰が見てるとも知らずに。
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