第2話 学園一の才媛も裏の顔を持っているようです

(や〜……。盛大にマズったなこれ……。成績がいいとはいえ、どうして時雨さんの手に乗ってしまったんだろ……。)

 昼休憩。直生なおはそんな事を思いながら廊下を歩いていた。というのも、一限目にあんな経緯でまさかの発言をかましてしまった結果、今の彼のあだ名は【シャクシャイン】になり掛けている。

 一応補足で言っておくと、彼は決して分からなかった訳ではない。ただ、たまたま睡魔に襲われて話を聞いていなかったところで突然当てられ、その結果として時雨のささやき戦術にハマってしまっただけなのだ。


「よっ、直生。今からメシ?」

 背後から強烈な気配を察して振り向くと、そこには背が低く、髪を短く切った男子生徒がいた。

「何だ和磨かずまか。……まあ、今日は食堂で食べようと思って。」

「珍しいな。直生、普段は教室でカップ麺食ってるのに。もしかして、健康志向にでも目覚めたか??」

「ちげーよ。普通に教室に居づらい雰囲気なんだって……。」

「あーね。まあお前シャクシャインだしな()」

「ちょっと一旦黙ろうか?」

 直生はニヤつく和磨に軽くチョップをお見舞いしてやる。「イテッ」という和磨の声を無視し、彼は一人で先に進んでいった。

「直生……、ちょっ、すまんて()」

「まあいいけど。」

「さっすが直生、やっさし〜!」

「…………。」

「ああすまん。」

「和磨……、」

 直生は急に立ち止まると、和磨の方を振り返って冗談めかした声で一言。

「このやり取り、いつまで続ければいい?」

 そこで二人は互いに笑い合い、雰囲気が和む。

「けど、あそこでの唐突な『シャクシャイン』は笑ったわ(笑)」

「いやアレ起き抜けじゃなきゃ普通に一発正解してたからな??」

「別にバカにしてる訳じゃないし。むしろ感謝してるくらいだよ。」

「?俺、何か感謝されるようなことやっちゃいました?」

「……まあ、そのなろう系主人公っぽいクソうぜぇ発言は置いといて……。

 俺は直生のおかげで、滅多に見れない柊さんの笑顔が見れたってことに感謝してるんだ。」

 ああ、そうか。直生は納得する。彼の席は時雨から見てちょうど二つ左にあり、ちょうど直生を挟んで左右に彼と時雨が並んでいるのだ。

「……いやめっちゃキショいやん。」

「うるせぇ!直生、お前も柊さんの笑顔が見れて嬉しいダルルォ?」

(まあ……、確かに『時雨さんってこんな風に笑うんだ』とは思ったけど……。)

「柊さん、普段めっちゃ真剣だし、基本何でも出来るし、立ち居振る舞いも楚々として美しいしで完璧人間だから、ああいう顔を見たら普通に惹かれるんだよなぁ……。」

「あれ?和磨ってこないだ、時雨さんに告って秒速でフラれたって話じゃなかったっけ?」

「おっ、お前……。何処でそれを……!」

「ん?いや、三限目の体育でお前がどっか行ってる間にお前の連れの時崎ってやつに聞いたぞ?」

「時崎……!あいつ、俺が今朝喋ったことをペラペラと……!!」

 と、和磨が自分の連れの裏切りに気づいた所で二人は食堂に辿り着いた。


「さすがに席ここしか空いてなかったな……。」

 行列に並んで料理を買い、生徒のごった返す中を移動して空いている席を見つけた直生達は当然のごとくそこに落ち着く。席は四人まで座れそうな席だった。

「直生……。お前は甘党なのか辛党なのかどっちなんだ……。」

 そう呆れる和磨の視線の先には【The 四川風!!】というキャッチコピーでも付いてそうなくらい真っ赤で辛そうな麻婆豆腐があった。

「残念だったな和磨。俺は両方とも行けるのだ!」

 そう言うと、直生は彼の存在などお構いなしと言わんばかりに麻婆豆腐を搔き込み始める。


―――と、その時だった。

「あら、関根くん。……って、山崎くんも居るのね……。」

「露骨な嫌悪やめてくれません!?」

 時雨の絵に描いたようなドン引きに対して和磨が素っ頓狂な声を上げると、

「そりゃあ仕方ないよ〜。だってザッキー、いきなりしぐぽんを校舎裏に呼び出して告ったんでしょ〜?ドン引かれない方がレアだよね〜(笑)」

 時雨の横からひょっこり出てきた女子生徒がそう言う。髪色はほんのり明るく、制服を上手く着崩した彼女は時雨よりも一回り小さく、醸し出す雰囲気は時雨と真逆だった。ただし、胸だけは時雨よりも主張が強い。

「なんだ。さくらも来ていたのか……。」

 という直生の声に、

「なおっち久しぶり〜!そのマーボー美味しそーだねー!!」

 と、『さくら』と呼ばれた女子生徒が頭を撫でる。

「ちょっ、今食ってるから!」

「ええ〜?いいじゃん別に〜!久しぶりに会ったんだから〜!」

「いや……、俺たち昨日も会ってるだろ?」

「日付跨いだら『久しぶり』でしょ!!」

 と、ジト目でツッコむ直生と、それに対して一切の怯みを見せないさくら。時雨とは正反対の系統の美少女から犬のようにナデナデされている一般通過フツメン男子。

 その異様さに耐えかねたように、とうとう和磨が口を開いた。

「なあ、二人ってその……、どうしてそんな仲良いんだ?」

 本当に『恐る恐る』といった様子の和磨に対し、先に「アハハッ!」と笑い声を立ててその質問に答えたのはさくらだった。

「え〜?そんな気になる〜?」

 さくらはニヤニヤしながら和磨の方を向くと、ゆっくりと近づいていく。

 和磨の頬がほんのり朱くなるのを見て、さくらは微笑むと、なんでもない感じで答える。

「どうしてもこうしても、そりゃあ幼馴染みなんだから当然でしょ♪」

「こんなに距離が近い幼馴染みとか、ラノベでしか見たことねえよ……。」

 和磨はそんな風に呆れながら椅子に座る。

「そういえば、二人とも新生なんだよな?」

「そだよ〜?なおっちも私も、高校からここに来てるんだ〜♪」


 この修院高校は、同じ敷地にある修院中学校との中高一貫校であり、高校の生徒の95%ほどは中学からの内部進学者なのだ。

 しかし、その一方で高校入試も毎年行われており、数十倍の入試倍率を突破して高校から通う猛者もいて、その猛者たちのことを学校では『新生』と呼んでいる。


「幼馴染み二人ともここの高校入試に受かるとかすごいな……。」

「まあ、横にいる才媛ちゃんには勝てないんだけどね(苦笑)」

「だから去年からこの二人が学年ツートップなのか……。」

 和磨がある種の感動を持ってもう一度二人の美少女を交互に見ていると、料理を乗せたトレーを持って立ち続けることに疲れたのか、時雨が口を開いた。

「……何か、ここ以外に座るところがなさそうだったの。ここ、相席しても良いかしら?」

「なおっち、いいよね?(笑)」

「……まあ、時雨さんが一緒ならいいよ。」

 鶴の一声ならぬ直生の一声で、彼の目の前に時雨が、和磨の目の前にさくらが座る。

「……ってかさ花光、お前が何で俺が柊さんに告ったって事知ってるワケ?」

「うーん?フツーに時崎くんから話してきてくれたんだよ?」

「……もう俺、あいつのこと信用しねえわ……。」


 和磨が元気を無くすと、今度は直生が話しかける。

「時雨さん、さっきのアレどういう事?」

「さっきのアレって?私そういう細かいこと覚えてられないのよね……。」

「俺、アレのせいであだ名が【シャクシャイン】になりそうなんだけど?」

「知らないわよ。そんなの自業自得じゃない?」

「いやその顔してる時点で確信犯だろ……。」

 得意気に笑う時雨にジト目でツッコんだ直生は、ため息を一つ吐いてこう思うのだった。

(俺……、やっぱこいつにバカにされているのかなぁ……。)

 一方の時雨。自分はしたり顔で微笑みながら、ため息を吐いて天を仰ぐ直生を見てこう思うのだった。

(関根くんってやっぱり可愛いなぁ……。まあ、そんな事は口が裂けても本人に向かって言わないけど。)


「……あっそうだ。」

 唐突に口を開いた和磨に、ほかの3人の視線が集中する。

「花光と直生の関係はだいたい分かったんだが、そうなると花光と柊さんの関係も気になるんだけど……。」

 その通りだった。ゆるふわなさくらとストイックな時雨。影で【学年の二大美少女】と呼ばれることもある、この一見正反対に見える二人がどうして関わり合っているのか、直生からしても謎そのものである。

 男二人の好奇の目を嫌うように「はぁ……」とため息を一つ吐いて答えたのは時雨の方だった。

「別に……、ただの図書委員同士よ。今日だって、廊下でたまたま花光さんが話しかけて来たから一緒に食堂に来ただけで、それ以上でもそれ以下でもないわ。」

「ええ〜……?それひどくない?私、しぐぽんとこ〜んなに仲良いのに?」

 さくらは自分の頭をこてんと時雨の肩に乗せながら言う。

「肩が重い。あと、その呼び方やめて?何か花光さんに言われると嫌だから。」

 時雨に真顔でそう言われたので、さくらは「はいはい。」と呆れたように頭をどける。

「しぐぽん、黙っていたらめちゃかわなのにもったいないな〜……。」

 さくらはそう言うと、ぷくっと頬を膨らませる。ハムスターかよお前。直生は彼女の様子を見て内心ツッコむ。

「うるさいわね……。」

 そう言って下を向いた時雨がぼそっと低く呟いた言葉を、直生は聞き逃さなかった。


『私が喋ってちゃ、やっぱり可愛くないの?』


 その言葉は直生以外には届かず、さくらや和磨が繰り広げる、他愛もない話に埋もれていくのだった。

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