学園一の才媛の横でキメる早弁は今日も美味い

Y490

第1部『学園一の才媛の横でキメる早弁は今日も美味い』

第1話 学園一の才媛の横でキメる早弁は今日も美味い

 私立修院学園。広島市内を流れる川のほとりにあるこの中高一貫校は、県内ナンバーワンの進学実績を持つ名門校である。

 そんな名門校に通う生徒たちは、今日も今日とて校門に向かって伸びる並木道を通って学校に向かう。


 4月のある日の事だった。桜咲く並木道を行く二人の男子生徒が、とある女子生徒を見ながらひそひそと噂話をしていた。

「あれが【学園一の才媛】と名高い柊さんか。」

 2人のうちで背が高く、長髪の方が言う。

「ああ。彼女、中一の初めての定期考査からずっと学年1位を取り続けているらしいぜ?」

 背が低く、髪を短く切ったもう1人の方がそんな風に答えた。こっちはどうやら情報通らしい。

「ほえ〜、バケモンかよ。一度も落ちたことないのやべぇな。」

「しかも彼女、すごいのは勉強だけじゃないんだよ。」

「それは聞いたことある。確か生け花とかやってるんでしょ?」

「チッチッチッ。それだけじゃないんだよなぁ。」

短髪の方が人差し指を立て、ドヤ顔で続ける。

「彼女は生け花だけじゃなく、詩歌や茶道にも秀でていて、あとは碁や将棋なんかも嗜むらしいぜ。」

「そりゃ確かに【学園一の才媛】っていうあだ名も付くわ……。彼女ってマジで俺たちと同じ高二なの?」

「そんな才能を持ちながらあの容姿とか……。マジで彼女のことを調べてて『天は二物を与えず』ってことわざはとんだデマだったんだなって思ったね。」

 そう言った短髪は感慨深そうに頷いた。

「ええ……。っていうかわざわざ調べたんだ。キッショ。」

「辛辣すぎない!?さすがに好きになった人について調べるのは当然でしょ?」

「どうせ調べるだけ調べたけどまだ告ってないとかいうオチだろ?」

 長髪が相方を見下ろしながらからかう。

「うるせぇ!もう告ったわ!」

 見下ろされたことに不快感を感じたらしい彼は、相手を精一杯睨みつける。

「ふうん?それで?結果は?」

「言わなくても分かるだろ……。お前ガチで性格悪いな……。」

「ふふふ。ありがとう。」

「褒めてねぇ!」

 その後、二人の間にほんの少しだけ沈黙が流れた。

「けどまあ、そんな気にすんな。彼女、噂だと告白してくる男子全員を片っ端からフッているらしいからね。」

「それ慰めてる?……まあけど、あの女子から告白を受けまくっているような軽音部の柳楽先輩でも彼女の心を動かすことは出来なかったらしいからな……。」

「そうそう。和磨、諦めな?お前みたいなちんちくりんが心を動かせるわけないんだから(笑)」

「お前やっぱバカにしてんのかよ!」

 和磨と呼ばれた短髪が顔を真っ赤にしながらブチギレる。

「いやいや、そもそもお前くらいリサーチ力が高ければ彼女が男に興味があるかどうかくらい分かんないのかよ?」

「分かるわけねえだろ!いい加減にしろ!」


 そんな風にぎゃあぎゃあ言い合いながら歩く二人の前を我関せずといった様子で通り過ぎ、校舎に入っていく女子生徒が一人。肌は真っ白で、その顔立ちはモデルのように凛として整っており、同時に綺麗に整えられたそのツヤツヤした長い黒髪からは、彼女の几帳面さが垣間見える。

 彼女は校舎に入り、楚々とした態度で靴を履き替えると、無駄な足音を一切立てずに階段を上っていく。

 教室に入ると、クラスメートたちの「おはよう」の声には一切答えず、最短ルートで真ん中最前列にある自分の席に行くと、荷物を整理し始めた。

 そして、あらかた荷物整理が終わった彼女は教室の時計を見る。時計は8時ちょうどを示していた。彼女はノートと数学の問題集を開くと、勉強を始める。しかし、横から甘い匂いがして集中できない。彼女は匂いのする方を睨みつけた。

「またドーナツ食べているの?関根くん。」

 彼女は冷たい声でそう言った。関根直生せきねなお―――彼女の隣の席を一年以上も暖めている彼は、ポンデリングを食べる手を止めてこっちの方を向いた。

「ああ、時雨さんか。おはよう。」

 その気の抜けたような声に、彼女は少しイラッとする。彼女の名は柊時雨ひいらぎしぐれ。―――そう、彼女こそが【学園一の才媛】と呼ばれているバケモノなのだ。

「『おはよう』って、あなたねえ……。」

 時雨はため息を付きながら直生の机を見る。直生の机の上にはミスタードーナツの箱があった。

「そんな怖い顔すんなよ。寝坊して朝ごはんを食べる時間がなかっただけだって。」

 直生はおどけた調子でそう言う。

「はぁ……。もう少し早起きできないわけ?」

「俺さ……、カープのナイターを見て、その後で深夜アニメを見て、Twitterでの感想会をしてから寝るから、毎晩寝るのが日を跨いだ2時なんだよね。」

 直生は地元のプロ野球球団・広島カープの大ファンであり、筆箱にもカープのマスコットキャラクターであるカープ坊やのキーホルダーが付いている。

「知らないわよ……。それ二つとも録画しておけばいいじゃない。」

「これだから素人は……。リアタイで見てこそ熱狂でき、楽しめる。深夜アニメも野球中継も基本は同じだろ?」

 直生はやれやれと言った感じで首を横に振ると、手に持っていたポンデリングをもう一口食べる。そして時雨の方を見てサムズアップしながら一言。

「今日もミスドが美味すぎるぜ!」

「……ねえ、もう少し真面目にやって?」

 時雨は大きくため息をつくと、視線をノートに戻して再び問題を解き始める。

 関根は常にこんな感じだ。へらへらとおどけたような調子ではぐらかして一切のやる気を見せないし、当然やる気がないから努力もしない。

(ホント、何なのよもう……。どうしてそこまでやる気のないわけ……?)

 それは、自らを完璧超人たろうと決意し、中一の頃から『とあること』を除いて他の全てを勉強に注ぎ込むほどの努力を続けている時雨の信条からして理解し難いものであった。

 しかし、当の時雨は同時にこうも思っていた。

(でも……、もし私に弟がいたらこんな感じなんだろうな〜。……ふふっ、そう考えたら可愛くもあるわね。)

 ……どうやら、時雨はダメ男に引っ掛かりやすいらしい。


 朝のホームルームが終わり、担任が教室から出ていくや否や、直生は時雨の方を向いてこう言った。

「一限目って日本史じゃん?けど俺、教科書持って来んの忘れたんだよね……。ってな訳で、教科書貸して♪」

「はぁ……。関根くん、いつも授業中寝るじゃん。貸しても意味なくない?」

「心外だな……。俺がどこの授業で寝たと言うんだ?」

 直生は白々しくとぼけて見せる。

「いや……、こないだの英語の時間なんか先生に当てられても起きなかった上に、そのまま授業の終わりまで寝ていたから、先生カンカンだったわよ?」

「ああ……。何か机蹴り飛ばされても起きなかったからって俺の授業プリントの束でビンタされたんだっけ?」

「そうだけど……、他人事みたいに言わないでくれる?」

「……まあ、今日は大丈夫でしょ。しっかり寝てきたし。」

「……今日だけだからね。」

「ありがとうございます!時雨さん!!」

 こうして、時雨は直生に教科書を貸すことにしたのだが……。


「……。」

 何ということでしょう!授業開始から10分と経たないうちに、直生さんは夢の中に行ってしまったではありませんか!

(まあ……、やっぱりこうなるわよね……。仕方ない。起こしてあげるか……。)

 そう思うと同時にやはり気が変わったので、時雨は直生を放置する。すると、

「……では、この武将の名前は何でしょう?」

 教師の声がし、時雨は前のスライドを見る。そこには【日本一ひのもといちつわもの】と称された真田幸村の肖像画が映されていた。肖像画から出ている吹き出しには『わしは日本史の中で人気ナンバーワンじゃ!』と書かれている(先生可愛いなおい)。

「関根くん?答えてください?」

 教師がそう言うと、直生はきゅうりを差し出された猫のように驚いて飛び起き、「あー……、うー……。」などと言葉に詰まる。

「(時雨さん……、助けて?)」

 その助けを求めるような目に、時雨のSっ気がうずいた。

「(仕方ないわね……。今回だけだからね?)」

 そうして、時雨は直生に嘘の答えを耳打ちする。彼はパッと晴れやかな顔になると、意気揚々と解答を口にした。

「シャクシャインです!」

 その瞬間、教室がどっと爆笑の渦に包まれる。

(このやろ……!騙しやがったな……!)

 直生は横で微妙に笑っている時雨を睨んだ。しかし、一回間違えて教室を沸かせたくらいで許してくれるほど教師は甘くない。

 ……結局、直生は肖像画に描かれている六文銭からロジカルシンキングで正解を導き出したのだった。

(ばーか、自業自得ね。あー面白っ!)

 どうやら、時雨は心の中では大爆笑しているようだった。

(続く)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る