第130話 

 

 花畑の中央に美しい女性が立っていた。

 

「あっ! やっと来た! 待ってたよ!!」


 フローラという花を司る女神。

 彼女が木叢のダンジョンのラスボスだ。


「ずっと待ってたんだからね。あなたたち扉の前にいたでしょ? 何やってたのよ」


「装備のチェックとか、色々です」


 颯がそう答えるが、彼は少し不機嫌そうだった。


 無理もない。大好きだったゲームのキャラが、乗っ取られている。前回は確証がなかったものの、今回はフローラの中に女神が入っているということを彼らは知っていたからだ。


「とりあえず俺たちは頑張ってここまで登って来て、これから貴女に挑戦しようとしてるので、口上を述べてもらって良いですか」


「口上? えっと……。あっ! あれね!! ふはははっ、よく来た勇者よ!」


「…………」


 無言でフローラを睨む颯。

 

「ご、ごめんって。冗談だよぉ。そんな怖い顔で見ないで。ちゃんとするから」



 フローラから笑みが消えた。

 冷たい目で颯たちを直視した彼女が口を開く。


「ここまでたどり着いたということは、貴方たちはわたくしの配下を倒してきたのでしょう。花の女神たる私が命を吹き込んだ、可愛い配下たちを」 


 ゲームだった時もフローラと対峙した多くのプレイヤーが、ただのNPCキャラとは思えぬほど強い怒りを感じていた。


 それが現実リアルになった。この場にいる颯たちは、肌がヒリつくほどの強い殺気に晒されている。


「……おい。怒らせんなよ」


 直人としては、さっきまでの女神が表に出ていた時の方が戦いやすそうだと考えていた。しかしフローラの台詞はシステムで元から決まっているものであり、これが本来の反応。


「いや、コレで良いんだ。フローラ戦は、やっぱりこうじゃなきゃ」

 

 冷や汗をかきながらも颯は笑っている。


 実は木叢のダンジョンは、ボス戦までにどれだけダンジョン内の敵を倒したかでボスの強さが変わる。また炎系の魔法攻撃を多用してモンスターを殲滅していくとフローラがかなり強くなってしまう。


 颯も当然それを分かっていた。


 負ければ意識が戻らなくなるリスクがある戦い。蘇生薬が自動で使用されるようにセットしていたとしても、相手がこの世界にダンジョンやアイテムの効果をもたらしている女神なので、蘇生が上手くいかない可能性もある。


 それでも颯たちは、最強状態のフローラと戦うことを選んだ。


 押し寄せる植物系モンスターを、火属性魔法を魔纏した双剣で焼き払い、芽依の合成魔法で灰燼に帰してここまでやって来た。ゲームだった時と同じ設定なら、ボスの強さレベルは6段階中最大の6となっているはず。



「いきますよ。貴方たちの屍を、次に生み出す配下の礎とさせていただきましょう」


 フローラが手を翳すと、地面から無数の木の根が伸びてきた。最強状態のフローラでなければ使ってこない先制攻撃。


 それを颯たちは難なく躱す。

 あらかじめ予測済みの攻撃だった。


「うん、最強になってる」

「ほんとに上手くいくんだろーな!?」

「確証はないですけど」

「作戦には同意したでしょ。文句言わない!」


 強さレベルが1~5では、フローラがとる次の行動が読めないことがある。それをあえて最強レベルにしてしまうことで行動を読みやすくする。更にレベル6ではボスの攻撃力が上がる一方で、体力が減少するのだ。FWOの上級プレイヤーが木叢のダンジョンをノーダメクリアする時によくやる攻略方法だった。



「直人、アレは──」

「わかってる!!」


 直線的な攻撃。それを真正面から受ければかなり武器の耐久値を削られてしまう。


 フローラが手掌で操作した木の根が次々と押し寄せるが、それを直人は器用に逸らしていった。彼のすぐ後ろでは芽依が合成魔法の魔法陣を描きながら詠唱を始めている。


「それじゃ行ってくる。玲奈、サポートよろしく」


「任せて!」


 守備陣形から飛び出し、木の根の上を走って颯がフローラに迫る。


「くっ──こ、こないでぇ!」


 颯に以前ボコられた時の記憶が蘇った女神は、必死になって植物を操り颯を接近させまいとする。


「素が出てますよ。あと、そんな直線的な攻撃は当たらないです」


 本来の最強状態フローラは攻撃軌道が分かりにくい攻撃を仕掛けてくる。しかしその回数は限られている。それも過去のトラウマを呼び起こさせることで女神を焦らせ、攻撃軌道も単純なものにさせてしまうという颯の作戦が見事に成功する。


「なんで当たんないの!? ちょっと止まりなさいよ!!」


 颯の足を絡めとろうと地面から植物が伸びる。

 それは上に飛んで回避するしかなかった。


「あ! その避け方はよくないね」


 ニヤリと笑みを浮かべた女神が、空中の颯に向かって四方八方から攻撃を集中させる。逃げ場がない状況だが、颯は焦っていない。


 何かが高速で飛来し、植物の一角を消し飛ばした。


 それは玲奈が放った強力な一矢。

 颯が逃げられるスペースを作ったのだ。


「玲奈、ありがと!」

「うん。ハヤテ、準備できたって」

「おっけー!!」


 玲奈の言葉を聞いた颯が更にフローラに接近する。


 芽依が詠唱を終えた合図があったのだ。


 パーティーメンバーが使用した魔法のダメージは受けないので、芽依が放つ爆炎魔法で周囲の植物を焼き払い、無防備になったフローラに颯が接近して止めを刺すという戦略だった。


「いくよ。合成魔法発動、指向性エクスプロージョン!!」


 芽依の掌の少し前に超高温に燃える火球が渦巻いていた。それが一筋のラインになって、進路にある植物を全て焼き尽くしながら女神へと突き進む。


「ひっ!? あ、アクアブレストロッド!」


 地面から巨大な水柱が立ち昇り、芽依の魔法を撃ち消した。


「うおっ! マジか、あぶねぇ」


 爆炎魔法エクスプロージョンを進んで女神に接近していた颯が足を止める。


「え、いつの間にこんなとこまで来たの!? ま、まさか、魔法の中を走って?」


 女神の虚をつく良い作戦だと思われたのだが、植物系ダンジョンのボスが水系ダンジョンボスの大技を使ったことで失敗に終わってしまった。


「それは流石にチートでしょ」

「大技複数は良いとして、せめて植物系にしてよね」


 颯や玲奈が女神を責める。


「違うもん! これは私が覚えたんだから私の技だもん! てかアンタたちの方がチートだよね!?  炎の中を走ってくるとか意味わかんないんですけどぉ!!?」


 ちなみに味方の魔法の中を突き進んでボスに接近するという戦い方はFWOがゲームだった頃は一般人も良くやっていたこと。しかし現実では炎の熱さを感じてしまうので、いくらダメージを負わないと分かっていてもやろうとする人はほぼいない。


「もういい! こっからは私が使える力を全部使って、本気で行くから!!」


「それってハヤテの──」


 ウンディーネを乗っ取った女神に颯が挑んだ時、彼が言ったセリフを女神がパクったことに玲奈がツッコもうとした。


「ロードオブハイドラ! ルーツエンドオーバー!!」


 フローラの背後から8本の水柱が立ち昇り、龍を形作る。更にボス部屋全体を木の根が覆い尽くし、逃げ場がなくなった。当然こんな仕様はFWOに無い。


「この女神様ちゃんを怒らせたんだからね。チート使ったことを今すぐ全力で謝るなら、許してあげなくもなくもないわ!」


 絶体絶命。

 そんな状況だが、颯は笑った。


「そっちがその気なら、こっちもやっちゃいますね」


「……は?」


 余裕を見せる颯に女神は違和感を覚えた。


 大技をふたつも展開し、自身が圧倒的に優位なはず。そう思ってしまったからこそ、女神は颯の行為を止めることが出来なかった。


 アイテムバックから何かを取り出した颯が叫ぶ。



「魔法スクロール発動、召喚!!」



 魔法陣が展開され、眩く輝いた。


 その光が落ち着いた時──



「ピンチになったら呼ぶと聞いたが」

「いや、どんな状況だよ」

「ここが地獄っすか?」

「見て、フローラが水系の大技出してる」

「あれってチートじゃないの?」


 颯のクラスメイトである龍之介たち5名がこの場に現れた。


「は? え、ちょっ。な、なんなの!?」


 装備が整い、かなりの強者に見える者たちが5人も増えたことの意味が分からず狼狽える女神。しかし、これで終わりではない。


「見ての通りピンチです。てことでみんな、最初から全開でこの場を乗り切るよ!」


 颯が剣を握った右手を顔の前に持ってきて、その手首を左手で抑える。


「なるほど」

「もうそれ使っちゃうのか」

「やるんだな!? 今、ここで!」

「りょーかいっす」


 この場に集った颯を除く8名のクラスメイトも彼と同じポーズをした。




「「「闘気、 解 放 !!」」」


 

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