第109話

 

 颯と玲奈が同棲しているマンション、通称『拠点』の屋上ヘリポートにて。

 

「……ハヤテ、なにやってんの?」


 座禅を組み、集中している颯に玲奈が声をかけた。


「玲奈か。ちょっとイメトレしてた」


「なんで? しかもこんな場所でやらなくても良いのに」


 場所は地上200メートル。

 見晴らしは最高だ。


 でも風が強い。

 集中するには適した環境じゃない。


 ちょうど良いんだけどね。


 本気で集中すると、うっかり周囲に斬撃飛ばしたりしちゃうかもしれないから。


 玲奈にはどう説明しようかな。

 まぁ、見てもらうのが早いか。


「俺の身体の下を見てほしい」


「身体の下って……。う、嘘。ちょっと浮いてる?」


「そう。実はアマテラス様から力をもらってから、集中するとなんか身体が浮いちゃうようになった。更に深く集中して戦闘のイメトレすると、その時に使った技を現実の身体が出しちゃうことがあるんだ」


 最初はアマテラス様の神域でやらせてもらってたんだけど、その度に神域内を滅茶苦茶にしてしまったから、もう出禁にされてしまった。


 仕方なくでこうして修行してるんだ。


「よくわかんないけど、この場所でイメトレしてる理由はとりあえずわかったことにしとくね」


「ありがと」


「で、次の疑問。なんでイメトレなんかやり始めたの?」


「最近負けることが多くなったから」


「負けることが多い? ハヤテが? え、スミス先生だけじゃないの?」


 現実リアルで負けたのはスミス先生こと、FWO最強プレイヤーだったZeRoさんだけ。でも俺は夢の中で南雲 龍之介に敗北している。


 龍之介には現実でPVPして圧勝したが、夢で負けるってのは潜在意識のどこかで負ける要素を認めているってこと。実際に片手剣を扱う彼の戦闘技術は素晴らしいもので、攻守ともに隙が無かった。忍者の力も闘気解放もなしで普通に10戦したら、3敗くらいする可能性がある。


「もしかしてイメトレの中の敗北もカウントしたりしてる?」


「そんな感じかな。龍之介に結構負ける。あと調子の良い時の直人にも」


「私は!? 私は、ハヤテに勝てることある?」


「普通にあるよ」


 自分が最低調子で、相手が最高調子の場合などでもイメージトレーニングする。玲奈が100%、俺が全力の25%しか出せなければ彼女に負ける結果だった。


 ちなみにこれは一撃の威力が高いが連射がきかない大弓という武器と、手数が多く接近できてしまえばほぼ勝ちが決まる四刀流の相性を考えても善戦している。それだけ玲奈が大弓使いとしてスキルが高いということ。


「それはちょっと嬉しいかも」


「俺は調子が下振れしてもみんなに勝てるようにしたい。基本はずっとその感じで訓練してきたんだけど……。ZeRoさんには俺が100%調子でも勝てるヴィジョンが見えないんだよな」


 どう攻めても回転を無効化される。攻勢に出ようとしても、俺が一番嫌な部分を攻撃されて防御に回らざるを得ない。たぶんだけどあの人、一般人なのに忍者以上の反射神経してると思う。


 人間の反射反応時間はだいたい0.25秒。


 例えば目の前のテーブルからリンゴが落ちそうになってて、脳の指令を受けて手がリンゴを掴もうと動き出すまでに0.25秒かかるってこと。


 忍の技を修めると、この遅延を0.16秒まで縮めることが出来る。


 そして東雲財閥がアマテラス様の助力を受けて創り上げたという戦闘用アンドロイドは、コントローラーから指令を受けて動き出すまでの遅延は僅か0.05秒。人の反射反応速度を遥かに上回るが、一般人がこのアンドロイドを使おうとすると遅延のトータル時間は約0.3秒になってしまう。


 何が言いたいかっていうと、戦闘用アンドロイドを操作しながら忍クラスの反射速度をしてたスミス先生自身の反射反応時間は0.11秒以下ってこと。


 俺がたまに言われる『本当に人間ですか?』案件だと思う。



「今のハヤテじゃ勝てないってだけでしょ。たくさんスミス先生と戦えば、いつかはハヤテが勝つよ。私はそう信じてる」


「……もしかしてだけどさ、FWOの時に俺がZeRoさんに勝ちたいって言ったの覚えてて、それで今回俺たちの先生になってもらえるよう交渉してくれた感じ?」


「うん! アメリカのダンジョン攻略者育成機関で働いてくれないかって合衆国大統領に声かけられてた彼を、ハヤテのために東雲学園へ引き抜いてきてあげたんだから。か、感謝してよね!」


 お、おぉ。

 そんなことしてくれたんだ。


「まぁ大統領はハヤテの活動を全面支援するって前に言ってくれてたし、実際に打診したらすぐOKをもらえた。スミス先生も生徒にハヤテがいるって言ったら、その日の便で日本まで来てくれたの。だから私のおかげっていうより、ハヤテの実績がもたらした結果なんだけどね」


「それは説明しなくても良いのに」


「だ、騙したみたいになるのは嫌なの!」


 真面目ですねぇ。

 俺のために動いてくれたのは嬉しい。



「ありがと、玲奈」


 感謝の気持ちと、ZeRoさんに勝って良い所を見せるんだという決意をもって、玲奈を抱きしめた。

 

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